風力被害地は悪霊に憑りつかれたよう。

風力被害地は既に全国にあるからべつに珍しくもない。何が悪いのかも、そこに住んでいれば分からないものなんかあるかい。ホントにこの人は人間か、と驚くほどに出来上がっている。最初から健康被害があることが分かっていながらやっているんやで。由良町では協定書に「低周波音等により住民に苦痛を与えないこと」と書かれている。同時に環境省の報告書には「被害を訴えるものは精神疾患のもの」と書かれている。

新聞の記録を見ると、反対運動(❓)の記事に「土砂災害が心配」とある。アレアレ、すごい情報戦略になっているやないか。情報コントロール、洗脳作戦よ。極めつけは畑地区で被害者たちが自分たちで作ったように見せかけた「考える会」という秘密結社だ。中身は2019.2/7日のページにアップしたようにカルト集団だ。これが全国展開していると言っている。それらの人たちと話をしてきたからね。

洗脳されて強制されるとこうまで狂うのかと思ったよ。低周波音被害者の会の窪田泰さんと話していて、「低周波被害者になっても精神が狂うことはない。もともとがそういう人だったんだよ」と結論している。私もそう思いながら、被害地域として、社会的に、組織的に閉じ込められると、人は思考を奪われて動物化してしまう。自己家畜化する。早々に逃げ出した人が正解だ。ブィクトールEランクルの『夜と霧』は有名だ。

強制収容所に入れられると人間はこうなるんやで。もちろん畑地区でもたくさんの被害者が苦しみながら死んでいく。警察にも助けを求めた。その裏切り様は風力裁判で見たとおりだ。谷口さんは検察庁に掛け合った。それがまたドツボにはまり込む。見てはならないものを見てしまったよ。これが日本の警察検察裁判所の実態だ。下関の風力裁判は有名でしょ。笑うしかないのかい。仕組まれたワナと知りながら、誰も抗うことができなかった。

内部にはもちろん裏切り者がいて手ぐすね引いている。風力側と、自称反対と、被害者の狂いようよな。山口県には150年前、吉田松陰や高杉晋作などがいて、日本の将来を切り開く人材にあふれていたのに、そんな昔話は見る影もなかった。同じ有様は福島の会津でも見た。「ならぬものはならん?」難しい会津人の気質を聞いていたけれど、札束で頬を叩けば、いや、カネも何も思考のない有様に笑ったよ。

ただの田舎根性、世間知らずだった。それで済むんだから羨ましいかな。どちらの地域の被害者からも酷い言葉を頂いた。「オマエを訴えてやる」とイキっていた。風力の被害など聞いたこともないとな。とても残念な人を前にしても、これが全国版だからね。どの被害地を訪ねても同じことになっていたのだ。h24年の当初はジャーナリストたちが全国の風力被害地へ行って聞き取り調査みたいなことをやっていた。

日弁連だって、各地を回って意見書を書いているでしょ。ウソばっかりだけどな。弁護士の汚さを見る。窪田泰が日弁連を連れてきて、和歌山市の汐見先生宅で作戦会議を開いた。緊張の一瞬だったけれど、いいもの見たよ。アレに耐えられるのは汐見先生ぐらいのものだった。私だって、その時はまだ低周波音の被害について、そこまで論じる気迫、信念はなかった。被害者がいて苦しんでいる。そして死んでいく。

どうしたらいいか分からない。汐見先生だからこそ本を書いて、何が悪いのかを具体的に示してきたのだ。被害者でさえその論理は分かりづらい。汐見教と言われるだけのことはある。たぶん、汐見教を理解しているのは限られた少数の人だけだろう。せっかく由良町でも講演会を開いたというけれど、誰も理解した人はいなかった。「風力も何も、ワシらにはそんなもの関係ない」と住民の憎悪を掻き立てただけの話よ。

私はこの汐見先生の好演は知らなかった。私は山の中で一人百姓して暮らしているからね。情報がなかったんだよ。一部の人だけで興味本位に、環境運動として汐見先生と繋がりが有ったらしいのだ。お花畑みたいなものだろう。和歌山市では芸能人を呼んだりして賑やかにやっていたからね。youtube動画『蒲公英工房にて』にアップしているから見たらよい。最初から知っている人はいたのだ。しかし由良町では誰も反応しなかった。

後々になって、私が風力被害を訴えて村八分を味わうことになる。自己責任か。被害を言う人は特殊な人やで。悪口合戦に、もともとが内気で口下手な私はボロボロだよ。相手の正体も、これでもかと見せつけられる。同時に、自分が何者であるのかも分かってくる。由良守應の精神が蘇る。田舎の事だから、誰も本当の事を知らないし分からない。同じ人間と言ってもこうまで中身が違う。精神性、人間性の違いを見る。

その上で、本当に由良町の人は誰も風力発電の低周波音被害が分からないんだろうか、と疑問が残る。汐見先生に手渡された資料を由良町の医院に届けたことがある。その医師は拒否した。「キサマニ医師の資格はない。医者なんか辞めてしまえ」と怒っていたよ。たくさんの風力被害者が医者からクスリを貰って死んでいく。取り巻きの環境運動家たちも薬を飲め、と強制する。楽になったらいいじゃないか、という。

恐ろしい殺人計画だったのだ。各地で同じ被害者の弾圧があるでしょ。風車建設と被害者の弾圧、セットなんだよ。人が、どちらに付くかは見ての通りだ。これが海外の風力反対運動と見比べて、異常事態だと考える。「ワシらは面白うてならんのや」と人は言う。役場は完璧な拒否。不可触民になっていた。日本には、実に民主主義は理解されなかったのだ。上から与えられるだけのものよ。

被害者と言っても、そんな動物でしかないものに何を言っても通じないことはこれまで書いたとおりだ。ドイツのホロコースト精神が再現される。いつか見た風景よ。被害は穢れ、見て見ぬふりするしかない。人の不幸が面白い。被害者に対する嫌悪、攻撃、優越が嬉しい。水俣や福島で見た地獄の風景やないか。ドブ水を啜るような生活という。当人にはそれが甘い水に思えるのだという。もう後戻りはない。

被害者が悪いのだ。谷口さんの悪口は有名でしょ。そのアホ役を私が独占している。風力発電の被害とは、人の破壊、社会の崩壊なんやで。