詐欺の風力発電

梅田の本屋を物色していると、この本がそっと置いてあった。風力の写真があったので目に留まる。この本はシリーズになっていて、以前に読んだことがある。やはり同じことが書いてあって、少しばかり過激な表現になっている。隠された目的?があって、産経記事にもたびたび強調されているからね。原発とかトヨタ、既存の産業保護だ。間違いではないけど、騙されて乗せられてしまうのも、どうかと思っている。

たくさんの著者の中には、ヘンなのもいる。お仲間になって余計に意味が分からない。昨日の東京知事選挙みたいに、いろんな奴がいるなぁ、みたいなものか。過去には青島幸男とか横山ノックとかのコメディアンが知事になっていた。基本、何でもいいんや。とまれ、風力発電が詐欺のシンボルとして表紙に書かれている。私はそう理解した。しかし本文にはどこにもそんな記述はない。さらに被害の事にも何の一文もありはしない。

つまりは、私が一生懸命に書いている、主張している風力被害とは縁が無いのだ。お花畑かい。土砂崩れが心配とか、地下水が~、というエセ反対と同じ考えかな。それでも日本だけがなんでこんなにアホなんや、と別な視点で示されるとな、笑ってしまう。各地でやっているペテンのエセ反対よりは聞きやすいか。ペラペラッ、とかいつまんで読むと、これまでのシリーズと同じ事しかない。私は関係者だったから、日本では風力発電は無理なことは分かっている。

私のように土木科を卒業して、風力に関係した技術屋はいくらでもいるだろう。電気科卒とか、機械科を卒業してやっていましたとか、たくさんのエンジニアが真実を見ているハズなのだ。関電や東電の連中でも知っているんでしょ。何の役にも立っていないことがさ。〇〇気象協会とか、コンサル会社が政治・行政と一体となってやっているだけ。批判したらあかんのか。守秘義務なんか。この本にもな、肝心の事は何一つ書かれていないんやで。

それがモドカシイ、と言うよりは、時間稼ぎの「考える会」的な策略を見る。海外のように「Stop wind turbines !」、「STOP SCAM」がないんだよ。これで決まりだね。同じ穴のムジナ、文中にはそれぞれに組織人だと白状しているしな。結局、各地で苦しんでいる風力被害者は自前で、自分の意志を示して抗議するしかない。世界常識から見て、日本は特殊な社会政策が取られている。

虐待、集団リンチ、生贄の儀式、各地で、たくさんの風力被害者が死んだのを見たでしょ。暴力をふるったり、大勢で取り囲んで脅したでしょ。「アンタだけでしょ」、「誰も被害なんか言わない」と凄んだやないか。下津町の被害者なんか9回もそんな地獄を味わった。よくも生きて逃げ出したものだよ。気の弱い私なんか、泣き出してしまう。あるいはヘンになったロボットになった人を見る。囚人、奴隷化される。

元々がそんな地域だからね、笑いものかい。恐ろしい社会政策なのに、それが風力のシンボルとして正当化されて喜ばれる。人の不幸が面白いんやね。私もエライ目に遭ったから、最近はどうしてもそっちの方向に傾いている。彼らは幸せなんだよ。秋田や山形の風力群の中に暮らす人々はとても幸せそうに笑っている。同じ事だ。言葉のすり替え、心理トリックとしてみると、日本独特な進化を見せる。

MINAMATAや、FUKUSHIMAと同じように、世界では日本を理解するシンボルやね。日本人には、どうしてもその世界の常識が分からない。なんで汚らしい被害者なんか気にするんや。関係ないやろ。世界では、添付のような漫画がたくさんある。日本には伝わらない。日本人は理解しない。アホだから。たしか150年前の明治維新には、たくさんの日本人が海外に飛び出していった。今はすっかり個室に閉じ籠っていると言う。精神疾患やね。自己家畜化すると言う。飼い主と餌やりが必要だ。私は嫌だからね。