自動音声で読んでみた。

以前からリーディング機能を使って読んでいる、聞いている、と言われていた。私のホームページは文章が長いとも言われるからね。猫廼足や八咫烏といった先人の文章があって、どちらも低周波被害者で、苦しんでいたらしいから、独特な文脈になっていた。この世界では、二人は本当は同一人物ではないか、と囁かれていたもんだよ。黙殺の音、低周波被害者の会、お世話になった人もいるんじゃないか。

今、彼らは75才、筆を置いている。私の文も、彼らに似ているんだろうか。自動音声で聞いてみると、棒読みで、所々で読み間違い、誤読がある。意味が通じない点があって、書き手の私からすると、アレッ、なんかヘン、と感じてしまうんだよ。「難しいこと言うでしょ」、「文章が長い」、「読んでいてしんどくなる」とかね。目の悪い人もいて、疲れるんだという。音声にして聞いてみると、スラスラと機械音が流れていく。

楽チンに聞ける。第三者から見ると勝負あり、だよ。そうかな。文脈に込めた思い、怒り、憎しみ、専門的な知識が肌感覚を離れている。息遣いが伝わらないのだ。それが実際に読んでいると息苦しくなる原因かな。低周波音被害、風車病を他人が理解することは難しい。ましてや社会的な弾圧を受けると、風力のカラクリまで理解しないと分からない。日本社会独特なシガラミ、制約があることに気が付く。

被害者に対する差別心、蔑視、あざ笑いにたどり着く。人物破壊の作戦の成果だ。日本では、誰一人として被害者側に立って、「風車を止めろ」と言う人はいなかった。私一人が訴えて来たことだ。物笑いの的だったよ。同じことは水俣病の本に書いてあって、フクシマでも同じ悲惨な弾圧を見る。日本の原理主義かい。それでもな、無視されるよりマシか、と考え直す。よほど深い苦しみがなければ、こんな文をいつまでも読むことはないだろう。

軽く受け流すことができれば、まだやっている、程度の感覚で済む。どうせ日本では事態は変わらない。と笑うか。全国のエセ反対を見よ。前ページに載せたマンガを見ても、日本人には意味が分からない。お花畑の恐ろしさが分からないんやで。環境運動というお楽しみよ。ワッセイ、ワッセイと、地球温暖化だ、地産地消だと喚き散らして喜んでいる。プロの環境運動家の多いことよ。

もともと各地には反原発の人がいたけれど、こんな形で地域対策の主役みたいな活躍を見せるとはな。福島原発の事故から、反原発の変わりようよ。再稼働・再エネ、サステナブルと、キャンペーン一色になっていた。吉本喜劇みたいでしょ。笑いのツボがあって、掛け合い漫才なんやで。被害者はアホにされまくりよ。そして社会から消されてきた。リベンジの無いのが恐ろしい。そういう社会政策に、奴隷化が進められているのだ。

こう言っても誰も聞いてはくれないからね。死んでいった風力被害者の苦しみ、悲しみを誰も伝えることはない。家畜と同じなんだよ。屠殺されて肉にされても、群れとして判断はない。人とは見なされないほどに飼い慣らされているのだ。この点は指摘しなければならないだろう。英語やドイツ語、フランス語に翻訳すると、これもまた意味がズレ飛んでしまう。逆にさ、アメリカの風力反対記事を日本語訳するしヘンでしょ。

やはり英文で判断する、現地の言葉が一番新鮮だ。だから私のページをアメリカ人が見ても、少し斜め読み程度に感覚のズレがあるだろう。日本語は悪魔の言葉と言う。日本語、日本文が分かる外人はいない。ワグナーの歌劇を日本語でやったらヘンでしょ。しかしな、アフリカや南米の土人たちでも風力発電の被害に抗議デモをやっている。人間の証明だよ。土砂崩れじゃない。

悪魔が憑りつく、とか、狂気が襲う、とか、ちゃんと低周波音・風車病の被害を謳い上げている。なんで日本だけ、それがないんだろうか。徹底した弾圧、虐待に人々は大喜びしている。人は、暴力でも暴言でも、虐待すると動物になる。簡単な心理的策略なんだよ。政治が、風力ファシズムが、太鼓持ちが嬉々として被害者を弾圧する。日本社会は、実に仕組まれた罠にハマって喜んでいたのだ。

海外の風力反対・抗議デモを見たらそれが分かるでしょ。太平洋戦争の時、日本は世界中を相手に戦っていた。中国、ロシア、アメリカと、大国相手に挑んでいたからね。国際政治は甘いものではない。終戦の詔勅を見て、日本人は何を考えたんだろうかね。カラッポ、だったんと違うか。妄想、と言うより、大本営の発表のウソでしかなかったんやで。自爆攻撃もな。風力発電の被害は、根拠のない確信の惨劇の結果だ。風もないのに風力発電が勢いよく回っている。

ハウステンボスの観光風車と同じ演出よ。デモンストレーションの風車で殺されるんやで。仕組まれた社会破壊に人々は大はしゃぎして喜ぶ。各地で同じ惨禍を見るから、とうとう日本人には【人としての価値観が欠落している】と結論しているのだ。風力の低周波で目まいがして苦しくてならん。多額の費用を費やして、なんでまた風車を建設し続けるのか。なぜ日本人は喜んでいるのか。その理由を暴いてやろうじゃないか。「土砂崩れが心配です」じゃないで。