触れてはならない風力の被害

奇妙な風力記事を見る。佐賀県の風力だが、北側には福岡のもっと大規模な風力計画がある。早く、もっと早く、と地域の人はお待ちかねだ。和歌山でもそうだからね、カネが目的か、媚を売って、支配されることを待ち望んでいる。この記事の近くには宇久島、という有名な風力被害地がある。気持ちの悪い死の匂いが立ち込める音環境があると聞いている。牛の死亡が目立つ。

フランスでの風力で大量の牛が死んだ被害例とダブる。もちろん人的な被害はあるだろう。ハイになるから、頭をやられてしまう。由良町などの風力被害地を見たら、何が悪いのか、誰でも気が付いているだろう。一番先に精神的な、性格の変化を指摘していたのは東伊豆町の報告書だった。過激、攻撃的になると書いてある。自分を押さえられないのだ。やがては魂を奪い去られるのに、それまでの苦しみを吐き出すようにして「出て行けっ」と叫ばれる。

汚い罵詈雑言の嵐よ。精神疾患のモノ、という指摘はその意味で正確な表現だと思う。原因は卓越した低周波音か、弾圧の虐待なのか、どちらも相まって被害者を磨り潰して消していく。その苦しみの有様が人々には面白い。【アホや】と罵られる。ここが世界でやっている「Stop wind turbines!」の精神と正反対の違いを見せる。汚らしい被害者メ、という訳さ。水俣病とか、他の公害でもそうでしょ。

誰か福島の放射能汚染の被ばくを訴えたかい。じつにコントロールされた被害否定の完成形を見る。本当は凄まじい弾圧があって、被害者は消されている。たまたま水俣病にはそんな内幕を書く人が何人かいた。福島にはもっと悲惨な逃げ出すしかない現実がある。引っ越した人はもう戻ることはないんでしょ。あれじゃ帰れない。拒否された人々の群れは時間とともに薄れいく。被害地独特な精神性を見る。

破壊されつくした町や社会よ。誰も、何もよう言わんのやで。あの水俣でもそうだからね。由良町の風力被害なんてチョロいもんよ。強烈な低周波音に苦しみ狂い死んだ人たち、h23年、h24年のことだから、時間的に分かっていて強行された。面白かったんだよ。すごかったやないか。今でもそのままに悪党たちは笑っている。勝ち誇っているのだ。なんだろうかね、彼らの優越感は。風力の手先、権力の末端、動物園と化した追い廻し。

すっかり家畜化されていた。「ワシらは面白うてならんのや」というからね。被害者が喜んでいるんやで。東伊豆町と同じ顛末やろ。暴行したら、人は動物になる。人間性なんて、本当に弱弱しいものだ。弾圧列島JAPANになっている。さて、この記事と、先日来の東北の風力被害の記事と見比べると、どうなるだろう。行政の、政治の、汚い陰謀の取引になる。被害者の現実は問題にはならない。

被害地だってか❓ そんな認識はどこにもないんだよ。どの風力被害地でも人々は大層喜んでいる。東北各県の風力地を見たら【風力日本一】と書いてある。もろ手を挙げて歓迎さ。これは和歌山も変わらない。九州でもな。日本では、なんで誰も風力反対の声が上がらないのか、不思議に思ったことはないかい。45年前、各地で原発反対運動が賑わっていた。由良町周辺には三か所も原発計画があったからね。

ウソも欺瞞もお見通しさ。それが今回の風力被害とダブるのだ。悪党が活き活きと活躍する。悪の花園よ。生贄は私一人ではないからね、とうにボロクソに叩きまくられて死んだ人がいる。それがお楽しみになっていた。レジャー化していたのだ。「谷口さんはウソをついている」みんなそう言ったでしょ。他の被害者も、ボロンチョよな。差別意識がこんなにも舞い上がるとはな。それも同じ地域で隣り合っての虐待だよ。

悪口合戦、罵り合い、おお怖わ。私もドツサリとやられたよ。タクトを振るう悪魔がいる。ディープステートdsなのか、陰謀なのか。ソレハな、キッカケにすぎんのやで。日本人の心の中には、人の不幸が面白い、喜びが基盤にあって、それを見せられると躊躇なく飛びつくように社会が維持されている。被害者は必要な犠牲なんだよ。ヒツジにされるんやで。と、そう言われてきたやないか。お楽しみはまだ続く。

風もないのに風力発電が回っている。何のために? と問う人はもういない。支配者が誰であれ、低周波音の被害者は、優生学で淘汰される。キチガイはいらない。当たり前な差別が目に滲みる。荒廃した日本人の有様を見ないか。バカバカしくってさ。人間らしい豊かで自由な社会が良いと思わないかい。風力の低周波音で耳が痛いんだよ。アホにされて腹が立つしな。