脱炭素だと言いながら石油が高騰して、日本でも気が付く人がいるようだ。それは何も、再エネになったから、というんではないだろう。たしかに再エネは発電の役には立っていない。エアコンよりも、石油ストーブを利用する人は多い。私はまだそこまで寒がりではないので、百姓仕事に汗を流している。
今日など15℃以上あるんだろう。蜜柑畑でシャツ一枚で暑いことよ。この記事には新しいことは何も書かれていない。今まで言い古されてきた再エネの真実だ。これに加えて、私は建設コンサルをしていたので、各地に風力発電を稼働させるだけの風が吹いていないことを知っている。ここに添付した天気図の通りだ。
御坊市では風速1m/秒だ。風車のある所だけ10m/秒の風が吹いているんだろうか。そんなことあるはずがない。それなのに人々は勢いよく回っている風車に何の違和感も持たないのだ。すでに頭をやられているとしか思えないではないか。風力被害者になると、風車病独特のヘンな人になるけれど、被害感覚のない一般の人でも、可笑しな言葉遣いになっていることに気が付いている。
一人ひとりが呪いをかけられているのだ。特に由良町のような被害地域になると、それはもう綿密な地域対策が初めから計画され執行されたことだろう。実はアメリカのミステリー小説には、こんな社会操作のテーマが40年ほど前からベストセラーになっている。冷戦時代のスパイ小説みたいなものだ。どちらも現実の話をベースにしているから、日本であったとしても不思議ではない。
実際は、小説より奇なり。ゾルゲ事件を見れば分かるだろう。固定価格買い取り制度、再エネ賦課金など、誰が提案して、どんな審議があって、法律になって執行されたのか、誰も知らないでしょ。その金がどうなっているのかも、誰も追求しない。与党も野党もない。大政翼賛会よ。共産党でさえ再エネを50%にすると公約している。こんな摩訶不思議な法律はないわな。
そして誰も反対しないし抗議もしない。なぜなんやろうね。各地の偽物の風力反対運動でも、絶対に再エネ制度の酷さに訴えることはない。自然環境を守りましょう、とかさ。受け売りの言葉の羅列ばかりよ。これからも彼らは、スローガンとは真逆の結果になっている風力発電や太陽パネルに、どんな言い訳を続けていくんだろうか。
私は、被害者に対する弾圧は止めてもらいたいと思っている。被害者を笑いものにして虐め殺して喜んでいる風景なんか、とても吐き気がして嫌なものだよ。それが彼らの楽しみに昇華して激しい虐待の言葉になるんだろうけれど、人間としてとても恥ずかしいものだよ。それが分からないからこそ、「社会が破壊されるんやで」と言われているのにね。