いないわけじゃない。今までも、各地で風力発電の低周波音被害に対して、声を荒げて怒りを伝えていた被害者たちがいた。私の書いた『風力発電の被害』は、谷口さんから被害の苦しみを訴えられたことから始まっている。そして多くの被害者が亡くなっていく様子を伝えたつもりだ。youtube動画にして、被害のメカニズムを伝えた。
海外には、たくさんの風力反対運動、抗議活動がある。どうも日本とは雰囲気が違う。それを私はエセ反対運動だと断じた。10年前の初めからジャーナリストが伝えてきたことだ。産廃の反対運動と同じ仕組みやで、と。本当に反対する人を閉じ込めて潰すためのトリックだ。風力発電の場合、環境保護運動、原発問題が襲い掛かってきた。
野鳥の会などの自然保護団体が被害を否定して環境省の手先として活躍した。アセスの傘下だからね。行政の組織としての働きよ。反原発は、それはもう酷いものであった。とうに形骸化した彼らの矛先が自然エネルギーだよ。原発被害に比べれば、「~こんなの被害じゃない」と高笑いを聞いていた。彼らは組織的に「考える会」として連携していた。
みなさん言葉が同じで、環境運動として自己実現できたんだろう。仕事の利権もあったのだろう。弱者となった被害者を助けようなんて奴は一人もいなかった。その逆で、弾圧する言葉を何度も聞かされたものだよ。こんな由良町まで彼らが来て、なんで被害者を探し出してはそんなことを繰り返すのか。つまり、お仕事としか思えんわな。
なかにはオチョクリもいたと思う。東伊豆町や南伊豆町で味を占めたんやね。それで伊豆の風力反対は吹っ飛んだからね。いや、低周波音被害者の会の窪田泰さんによると、「彼らは初めから反対なんかしていない。環境運動をしたかっただけだ」と証言している。せっかく汐見先生と調査に出かけたのに叩き出されたからね。よっぽど悔しかったんだろう。
伊豆はそれからも風車の町として町のシンボルとなっていく。実際、自称被害者たちは「私たちは風力発電には反対ではありません」と繰り返していた。もちろん役場は被害を否定する。これが地域対策の原型となって全国に広がっていた。前ページまでは聖書やソクラテスの言葉を用いて「新しいことは何もない」と言う理論で説明した。
暗い洞窟に閉じ込められた奴隷たちの姿については、被害地そのままではないか。それが日本中に広がっていた。テレビや新聞、インターネットを使ったプロパガンダが、こうも日本人の思考を奪っているとは思わなかったよ。だから「考える会」なんやね。日本人は何も考えなくてよいように成長していたのだ。退化、家畜化、ともいう。
こんなに上手く行った事業もないだろう。なんせ地域の人々は嬉々として風力被害を否定している。被害者を迫害、差別してイジメて笑いものにする精神はこれまで報告してきたとおりだ。私は由良町での出来事を書いてきたけれど、各地の被害地でも、大体同じように被害者は亡くなったり逃げ出していた。あるいは「関係ない」と敵意むき出しに睨みつけていた。
それがまた地域では大喜びしていたのだ。今もさ、由良町では「風力の被害なんか聞いたこともない」と言って回っている人がいる。由良守生が一人ヘンなこと言っている、と笑い話にして喜んでいるらしいのだ。それをまた私に伝えてに来る人がいるから手が込んでいる。君とは一緒にしないでくれ。私は風力被害の真実を訴えている。
「土砂崩れが心配です」と相変わらず人々は繰り返している。洪水が心配だとも。もう私も驚かない。彼らは注入された言葉だけで話すのだ。ロボットか。オウム。パロットな、ともいうらしい。学歴とか地位も関係なく、皆さん同じ言葉で意思疎通ができるようだ。言論統一。一億玉砕なんて言葉もありましたなぁ。
我家では、「あんな戦争で死ねるかよ」と言っていた。どちらが、と言うつもりはない。原爆を二回も落とされて、爆弾を抱えて自爆攻撃をする。日本人は反省することはない。分からないんだよ。靖国神社のトリックもな。また三島由紀夫の最後の言葉に戻ってしまう。戦争は止めましょうね。出来れば日本人にも批判精神を持ってほしい。
渡辺正さんの本を読んでも、分かる人は分かっているのだ。『14のウソ』は面白かったじゃないか。風力発電はペテンだ。風もないのに風車が回っている。普通に考えれば、これはオカシイと思うのが当たり前だろう。谷口さんが亡くなったからと言って、手を叩いて踊ってみせる。笑いものにして喜ぶなんて人のすることじゃない。なぜなんや。
社会実験として、由良町を見るととても面白い。私にそれをまとめる才能がないことがとても残念なことだよ。人々は純粋に私を排除した。その心理過程を見た人はたくさんいる。なんせ当事者だからね。なぜ風力被害を否定して、被害に苦しみ死んでいく人を笑いものにできたのか。そして、テンとして、「風力の被害など聞いたこともない」と繰り返すのか。
矛盾しているわな。その落差が面白いのか。人間の卑しさが、むき出しよな。人への憎しみ。被害者の死。地獄の風景よ。「Stop wind turbines !」なんで海外の彼らがこんな言葉を発しているのか、考えてみないか。「アホよら」と言うか。