九州には宇久島の風力被害が有名で、家畜だけでなく人間にも健康被害があるだろうに、と気持ち悪く見ていた。水俣病が近くにある。猫が狂ったように踊って海に飛び込んで死ぬ。人間にも当然被害があるのに、タブーになっていた。それと同じ事が繰り返されている。日本人は懲りないね。何が悪いのか理解する能力がない。「風力の被害とは土砂災害だ」と絶叫しているからね。
カルトやなぁ、と見ている。東北や北海道でもそうだけど、誰か風力被害を言葉にして抗議する人がいても可笑しくないんだよ。それが一人もいない。有害な低周波音が頭痛や目まい、神経障害を起こして苦しむ。「言ったらアカンのや」と水俣と同じセリフになるのかい。たぶんな。被害は認められない。差別されて除け者になるだけ。昔のキリシタンの迫害に繋がるかな。
我家にはなぜか古い革張りの聖書がドツサリとあって、なかにはビッシリと書き込みされたものもある。何に使われたものか聞いていない。使い込まれた古い聖書には怨念の臭いか浸み込んでいて、その人の思いみたいなものを吸い取っていたんやね。いつか焼いて供養しようと思っている。九州のキリシタンは独特な歴史があるという。もしかしたら私が話した人の中にもそんな隠れキリシタンはいるだろうか。
それほどにヒドイ社会性があるということだ。既に秋田や山形で風車の乱立を見ている。羨ましい。風車を建てないともったいない。今がチャンスと考える。その考えは由良町でも散々聞かされた。原発よりまだ悪いな、と吐き気がしたよ。風力被害の結果を見ても、人は平気で、さらに風車を建てろと言っている。「辛抱したらいいんや」とあちこちで聞く。由良町の人に人間感覚はあるのか、無いのだった。
谷口さんら風力被害者が泣いて叫ぶはずだよ。人々は手を叩いて笑って踊った。アホよら、アホよら、とな。それほどに面白かったのだ。東北でももちろん同じ場面があるだろう。前ページには東伊豆町のケースを紹介した。今では誰も関心持たないね。検索すると環境運動家、業者の書いた歯の浮くような風力礼賛のページが並んでいる。爽やかな風を切って走ってきましたとさ。
宗教染みた気持ち悪さを感じるのは私一人かいな。今日12/8日は真珠湾攻撃、太平洋戦争の記念日だという。大本営発表が有名でな、日本人は皆思考停止になるんやで。それでも今に至るまで裕仁天皇に対する愛着、理屈じゃない、すべてをささげるという狂気を見ないか。これが日本人の本質だと見る。中身は空っぽで、真空地帯みたいな国体という概念だけがあった。
誰も責任取らないんやで。徴兵逃れで逃げ出した人を見ただろう。今のウクライナやロシアの事じゃない。昔も今も人の考えは変わらない。「あんな戦争で死ねるかよ」と言わなかったか。これはアカンな、と気が付く人はいるのだ。映画『サウンドオブミュージック』のドレミの歌は今でも有名やないか。私はこれが正解だと思っている。逃げるしかないのか。日本でも風力発電に反対しないか。
国策になっているからスパイ工作員が必ずいて悪さをする。原発の時よりさらに洗練されていて、環境運動、地球温暖化を言うから本当の悪意が分からなくされている。みんなウソなんだけど、巧みに心理コントロールされる。誰にでもある心の闇、悪意がターゲットにされる。【社会が破壊されるんやで】、と当初から言われてきた。その通りだったよ。人の不幸が面白い。日本人の弱点が洗い出されていた。
何が悪いのか、これまでの全国の風力被害地を見れば分かるだろう。社会の破壊、弾圧政策なんだよ。被害者に対する殺人、水俣病がそうだったでしょ。風力発電も同じ殺人事件なんやで。私はこの惨劇を風力裁判で訴えた。判決は、風力の被害など聞いたこともない、と罰金刑で笑いものだった。人々は大喜びした。ここまでやられるんやで。誰も抵抗する奴は出てこんのかい、と思っている。
ペテンのエセ反対運動は見たくもないけどな。