答えは初めからある。

智者は惑わず仁は憂えず、君何ぞ戚々として双眉愁ふる、と王陽明は書いている。有名な一節だからね、行動哲学というのか、中国人独特な思想を見る。司馬遷の『史記』にもそんな場面がたくさんあって、初めて大学の講義で聞いた時には感動したものさ。弁じた先生が良かったのかもしれないね。後に中国人たちと交流する機会があって、孔子だの老子の話をしたら、全然話が合わなかった。どうも日本人は根本的な所で誤解しているようだ。

それはキリスト教でも同じすれ違いがあって、聖書なんて日本人は読まないでしょ。エルサレムを見れば、それがなんか分かるわな。悲惨、としか言いようはない。それで人間とはこんなものだとアキラメが付くんだろうかね。風力発電の被害を見ていると、倫理とか道徳はないんかい、と基本的な所で戸惑ってしまう。最初の頃は、東伊豆町でも伊方町でも、全国で被害者たちが怒りの声を上げていた。

それに対して国が出した答えが平成22年の報告書、【被害を訴えるものは精神疾患のもの】という件だ。人々は大喜びした。こんなにも日本人の心を鷲掴みにして操作するなんて、誰が思いついただろうか。いや、各地の風力被害を視察したジャーナリストたちは知っていた。私もその精神構造を見て、ワッ、すごいな、と驚いた。水俣の水銀被害と同じパターンを見る。被害者に対する差別、蔑視、拒否、今もそうだから説明もいらない。

ドロドロな地域対策を見た。国が権力支配を以て、被害者を弾圧する。被害は認めない。環境運動の仮面をかぶった工作員はここから始まったと見る。世界的には結構有名でな、「MINAMATA」、「FUKUSHIMA」といえば英語として意味が通じる。ジョニーデップの映画にもなっているから、かなりな衝撃として受け止められている。分からないのは日本人だけだ、と私は思っている。「由良さん、アンタ本当に日本人か」とよく言われるんだよ。

海外の外国人と話していても、そう言われるからね、特異な視点、変わり者なんだろうかね。由良守應は幕末は牢屋暮らし、明治には陸奥宗光と宮城の刑務所で暮らした。身近な前例があるから、意志を持って正義を貫くのに大した葛藤はない。時代が付いてこないだけだと思っている。なんせアメリカやヨーロッパの風力反対を見ていると、何が悪いのかは誰にだって分かるじゃないか。日本だから特別です、なんてことにはならない。

同じ人間感覚があると思いたいじゃないか。そうでないと彼らとは対等に話し合えない。アホにされて終わりよ。この国際感覚は、移民の多い由良町周辺なら簡単な判断なんだがな。それが全く機能しなかったことにも、由良町という田舎町独特な閉鎖空間の惨劇になっていた。たくさんの風力被害者が死んだんやで。なんで人々は笑って喜んでいるんだい。由良町だけではなく、周辺の町の山々にも巨大な風車が回っていて、被害者が苦しんでいる。

被害があるから面白いんだよ。この社会風土の特別なことよ。最初は、東伊豆町でも被害調査報告書を作成して全国に発信した。多くの人がその資料を手にして、風力発電の危険性を知ったはずなのだ。由良町でもさ、h24年の当初は、どこでも大変な騒音・低周波音の被害に悲鳴を上げていた。由良町役場には「助けてくれ」と何度も電話があったと聞いている。その答えは弾圧、虐待であった。

あるいは「考える会」による囲い込み、まとめてごみ箱に捨て去っていた。見ぬもの清しよ。そんなもの見たくもないわな。秘密結社のような真っ黒な悪意でしかなかった。2019.2/7日のページにその録音があるから聞いてみたらよい。地獄の風景やで。同じ弾圧を各地の風力被害地でやっている、と主宰者は論じている。そのとおりだよ。国の機関による、組織的な隠ぺい工作だ。各地の役場に電話して聞いてみたらいいで。判で押したような答えが返ってくる。

見事な被害者否定の論理になっている。普通は、世界中でやっているように、地域の人々が「風力被害」に対して抗議デモを行うんだがね、日本では先手を打って、ペテンのエセ反対運動が賑わっていた。御用学者を担いでいるから原発の時と同じやり方だ。より洗練された地域対策に、人々のアホさが爆発する。人の不幸が面白い。「あの人はウソをついている」、「更年期障害なんだよ」、「聞こえない音がうるさいなんて、あるはずがない」、いろいろなキャッチフレーズでしたな。

素朴な田舎者にしては、語彙の多いことよ。「ワシらは何でも知っている」と豪語する。大手企業の設計コンサルタントを経験した私から見ると、アレッ、どこかで聞いたことのある言葉の数々、と思うんやで。職業言葉なんだよ。田舎の年取った百姓が、なんでそうなるんだろうかね。日本社会は、世界的にも特殊なんだろうか。いやいや、インデアンやアボリジニの虐殺、南米ではインディオを殺しているでしょ。ウクライナやパレスティナの戦争があるでしょ。

生贄が必要なんだよ。その惨禍は誰にも止められない。これまで見てきたとおりだ。私は、タダの『民衆の敵』を演じた。それだけの事だった。水俣や福島を見ても、人々の中身は変わらない。世界の評価は気にしない。だって外国にも悪い所がたくさんあるもの。おぬしも「ワル」よのう。それでもな、日本には度々、歴史の転換点が訪れる。否応もなく、人々は歴史の波に呑み込まれてきた。

由良守應は明治を颯爽と駆け抜けた。「守應は刑務所に行っていたんやで」と笑うか。私は今も、どこかに小判や金貨の入った箱が隠されているに違いないと思っている。最後の生き残りだからね、自由にやるさ。