風力発電の不都合な人々

風力発電の不都合な人々

低周波被害者の会の窪田さんと話していて、なぜ汐見先生は各地で風力被害者たちから拒否されて追放されてきたのか、不思議に思わないかと疑問を論じました。

私のページ2014.2/5日の対談、動画morio yura にあるように、最初は、皆さん低周波被害に苦しんでいるから何とかしてほしい、原因を確かめたい、という被害者の切実な依頼から始まったことでした。

先生に同行した黒田さんも「被害者に頼まれたから行ったのであって、何も知らない所へ、わざわざ無理に押しかけるわけがないでしょ」と証言している。『左脳受容説P.126(地域対策があって黙ることになったらしかった)

私が風力問題に初めてかかわったh.23.12月にも同じことがあった。11月末に被害者から電話があって、頼まれて12月議会の一般質問で風力被害を取り上げて、翌1月には、私を避けるようになり、3月には「私たちは風力発電には反対ではありません」と発言するようになっていた。

「あんた一人、何をヘンなこと言ってるのよ」とヒドイ言葉を言うようになり、4月には「出ていけっ」と叫ぶようになっていた。

その間、地域には涙を流して激高して被害の苦しさを訴える人もいて、ただ事ではない事件が起こっていました。

h.24.4月には、署名運動をしたので、あちこちで被害の様子を聞くことになりました。私の署名活動を激しく非難する人たちがいました。

被害感覚のない人がほとんどでしたが、大体、皆さん、被害のあることは知っていました。なんせ風車騒音がすごかったのでね。それ以上の何か被害のあることは分かっていたようでした。なかには家族の一人に被害者がいるのに、「うちには被害はない」ときつい言い方をする人がいました。よほど家族内トラブルになっていたんでしょう。すぐにその被害者たちは亡くなりました。

4月には「考える会」を作ったよ。ワッハッハッという電話が被害者からありました。

「由良さんは門前地区で一人でやればよい。私たちは畑地区で頑張っていく」

「畑地区の人はね、ほんとに頑張ってくれている」

私を排除することを宣言して、とても偉ぶった感じでした。

私は頼まれたから、議会で風力被害を報告して解決してほしいと訴えたものでした。

正直言って腹が立ったものでした。社会人としてのマナーに欠ける。彼らに信義はないのかと思いました。

同時に、先ほどの汐見先生を拒否した被害者のこともあって、何が起こっているのかと、酷い裏切りに中身を知りたいものよと思いました。

すべて理由があることは、聞いてまわっているうちに分かっていました。理不尽というか、不自然な様子がありありとしていました。

h.20年に汐見先生と窪田さんは東伊豆町の風力被害者宅に泊まって測定調査をしています。この時にも被害者に頼まれながら、急に拒否されて測定も断られています。

畑地区の谷口さんは東伊豆町の被害者たちと連絡を取り合っていた。

「私たちは風力発電には反対ではありません」

「私たちは風力発電の建設に協力しています」

東伊豆町の被害者たちと同じ言葉を話すようになっていた。

「私たちは話し合いをしている」「由良さんのように反対ばかりしているんではない」と繰り返していました。

また同時に、被害地域の人々が私に敵意のような憎しみの目を向けるようになっていました。

私は汐見先生らと相談しながら、風力被害を訴える記事やニュースをコピーして配ったりしました。ところが5月ぐらいになると、私の顔を見ただけで、人々は嫌な顔をして逃げるようになっていました。

なかには「被害はない」「出ていけっ」と叫ぶ人がいました。感情をこめて言うものですから、私も驚きました。夜中にわざわざ「勝手なことはさせない」と電話で怒ってきた人もいました。

被害のある、なしにかかわらず、地域の人々に高ぶり、張り詰めたような雰囲気がありました。

私の住む門前地区でも、区長や副区長が来て、「被害はない」と叫ばれたり、56人で私を囲んで罵倒する嫌な出来事が何度かありました。

私の親父は三男坊で世間通だったので「放っとけ。元々そのような連中や」という話をしていました。

しかし驚いたのは、被害者が亡くなると議員たちは手を叩いて笑って喜んでいたことでした。私は懲罰委員会、チョウバツ議会を20数回も繰り返されて、参っていますので、多勢に無勢で抗議する気力もありませんでした。

何のための議員や?

なぜこの人たちは笑っているのか?

私は感動して声も出ないありさまでした。

私を騙すために、偽の低周波測定業務を持ち掛けて、手の込んだ散々な弾圧を繰り返されたこともありました。被害を隠ぺいするために、ここまでやるかという激しい言葉や攻撃を受けて、恐れおののいたものでした。

『風力発電の被害』には、そのような情けない出来事を延々と書きました。書いて本にしなければ、とても気が済みませんでした。これはなんとしても全国の多くの人に知ってもらわなければならないと正義感でいっぱいでした。

しかし由良町では、誰も本を受け取ってはくれませんでした。コピーした風力被害の資料さえ渡せませんでした。

「風力~・・」と言いかけると、「あっ、その話は聞きたくない」と拒否されることばかりでした。

これまで、わりとまともだと思っていた人が、皆、私を拒否していることに気が付きました。

何人かの人に、なぜ風力被害のことを聞きたくないのかと聞いてみると、「聞こえない音で、何にもない事で、大げさに言うことではない。一回言うたらもうええやろ」と語気を強めて言うのです。

「しかし被害者がいて苦しんでいる。もう何人もの人が苦しみながら死んでしまった」

「お前は見たんかい! ウソ言うてるんと違うんかい!」怒りの口調でそう言うのです。

「私の腕をつかんで「苦しいから助けてくれ」と言うたんや。俺は頼まれたんや」

「アホよら。関係ないわ」

「ワシらは面白うてしょうがない。笑い話やで」

彼らはみなそう言って私を蔑んで拒否しました。

実際、被害地域の人たちからは「被害はない。作り話するな」と何度も怒られていました。

彼らは知っていて、そんな酷いことを私に言いに来るのです。h.25年には、重症の被害者たちは亡くなっていたし、他の被害者たちはすっかり固く口を閉ざしていました。

人口6千人の由良町で、私一人が風力被害を訴えていました。

しかし『風車の下で』のビデオ動画で、被害者たちが悲惨な被害を訴えているように、風力被害は誰もが知っている事件でした。

私のページ2/7日の録音には、被害者が死んでいった被害者たちの個人名を上げて被害のひどさを訴えています。(h.26年の会合です)

それを隠ぺいする圧力も語られています。

ではなぜ被害者たちは、被害地域の人々は、「被害はない」「誰も被害を言う人はいない」と強く訴えるのでしょうか。

多少の協力金をもらっていることは知っています。北隣の三尾川地区では、年間の自治会費1万円がタダにされているらしい。それを人数で掛けると、莫大な金になると被害者は自慢げに話していた。

苦しみながら死んでいるのに、1万や2万で得したと思っている。

それよりも全国各地で大変な風力被害が引き起こされているのに、どの地域でも「風力発電を止めろ」という反対運動はない。

海外だと当たり前のように抗議デモが繰り返されているのに、そのニュースも日本ではないし、大体、風力被害があることさえ報道しない。

最初、私はそれぞれの被害者は「指さされるのが怖い」のかと考えた。それもある。

自分の言葉で、被害の症状と原因を話して説明することができないのだ。環境運動家が被害者を脅す言葉がそうだった。「医学的に証明されないのに裁判でもして間違っていたらどうすんのよ」と。

低周波測定器で計って、風力発電独特のピークのある尖った被害成分があって、その空気振動が内耳に作用して器官が損傷して被害に苦しむ、というメカニズムを説明しても分からないのだ。とうに頭をやられている。

由良町や周囲の医師たちも被害を否定して認めない。私は由良町が毎年行っている健康診断に行って、医師に被害症状を訴えたが「全く聞く耳持たず」拒否された。おまけに「異常なし」と毎年繰り返されて、他の被害者も同じである。間違いなく隠ぺい工作です。犯罪です。だって被害者たちは苦しみながら死んでいるからね。

夜、家にいられないから表にとめた軽トラで朝まで過ごす。冷たい冬の朝方は特に辛かっただろうと思う。ドライブしたり、その辺を徘徊する。エコノミー症候群のようなものか。医者からもらった薬で薬漬けになっていると嘆いた人もいた。

汐見先生は「キサマに医師の資格はない。医者なんか辞めてしまえ」と怒った。

しかし被害者は、全員が汐見先生を拒否し、窪田さんを排除してきた。私も同じ目にあってきた。例外はなかった。

低周波の測定すらさせない被害者が多くいた。

【被害者は自分のことが恥ずかしいのか】

そのように教えてくれたジャーナリストがいた。地域では特殊な目で見られて嫌な目にあわされるのか。

そりゃ、被害を受けると性格が変わっていってヘンな人になる。真っ赤な顔して、涙をいっぱいためて「出ていけっ」などと叫ぶのはとても普通のことではない。

被害当初はいろんな怪現象に悩まされて、非常な不安に駆られて、どうしようかとうろたえたという。

突然部屋の中がガラガラと機械音を立て出したら、それは驚くわな。

しかしなぜ被害者たちは汐見先生や私のように被害を公開して風力発電による低周波被害を訴える者を拒否して「被害はない」と主張するのか。

そして「私たちは風力発電には反対ではありません」と真逆の主張をするのか。

おかしいではないか。

低周波被害者の会の窪田さんと話していて「私には分からない。ウソツキとしか言いようがない」という体験を話しあった。

低周波被害を受けて苦しむと、ヘンな人になるのは分かっている。その地域では被害感覚のない人でも怒りっぽくなって、空気が逆立っている。オドロオドロシイような感じになる。

しかし役場や議員たちの被害者に対する感情は特別だった。

県の環境課の担当者たちもすごかった。

環境省の担当者や事故調査委員会の対応も殺人的な拒否の言葉でした。あらかじめ風力被害の訴えを拒否するためのシステムが仕組まれていました。彼らは専門家として待ち構えていました。

被害者たちは、それぞれ、あちこちに助けを求めているからいずれ、このような対応しかされないことは気が付いたことだろう。

誰も助けてくれない。逃げ出すか、死ぬしかない。あるいは知らん顔して一人苦しむしかない。

2/7日の録音にあるように、被害者はみな管理されている。ロボットのように受け売りの言葉を繰り返すしか生きる道はない。

囚人と同じ。奴隷みたいなものか。

人は、弾圧されて苛め抜かれると、人としての自覚がなくなり、動物のようになる。『夜と霧』に書いてある通りだ。北朝鮮の収容所でも同じ光景を見たというニュースがあった。

国家犯罪だ、と汐見先生は叫んだ。その通りだと思う。

役場が、議員が、地域の人々が、国家権力の手先となって被害者を黙らせる。憎む相手を作って、憎しみを駆り立てる。ユダヤ人狩りみたいなものよ。

そして今、全国で風力発電の建設が進められている。

それほど電気が必要だとは思えない。リニア新幹線は必要なのか。今の新幹線で十分ではないか。

何か公共工事が必要なら、メタンハイドレードや地下資源鉱床の開発など、いくらでも有益な事業はあるだろう。日本は火山列島なので、いくらでも地熱発電が出来るだろう。九州の桜島山は今も火を吹いている。

風力発電のイデオロギーに踊らされていることに気が付いてほしい。日本には日本のやり方がある。ヨーロッパの真似をして、言いなりになって、無理に合わせる必要はない。

日本でキリスト教は広まったか?

日本でマルキシズムが受け入れられたか?

風力発電はエコロジーだの、地球温暖化だの、ヨーロッパ規格の文化です。日本にはなじまない。

ましてや低周波被害者を弾圧して差別民族を作り、平和政策に反対する異分子として断罪することなど、許せることではない。

なぜ被害者を弾圧するのか。水俣病などで、散々被害者を苦しめてきたではないか。世界中から笑われている。

「被害を訴える人はいない」と役場や議員たちは嬉しそうに言う。

これまで私が書いてきたように、これは仕組まれた罠であることは分かってもらえたと思う。私は、人が、人を虐待して憂さ晴らしをして喜ぶ転落した人が許せなかった。彼らは、その人が死んでさえ笑ったのだ。

 

前ページに紹介したドイツARD放送(2019)では、低周波被害の実態を研究成果を交えながら明らかにしている。海外では、たくさんの被害調査と研究が行われていることを、私は紹介してきました。

日本だけが、被害に背を向け「海外に知見はない」としてまともな調査研究を行わなかった。水俣病と同じで、被害を否定する真逆の報告書を積み重ねてきた。

そして海外では当たり前にある風力発電反対運動でさえ、被害者を黙らせて、コントロールしてきた。

「私たちは風力発電には反対ではありません」と。真逆の言葉を吐く被害者とは、いったい何だったんだろう。その人の人権を踏み潰して笑いものにする権力とは、いったい何なのか。

私はどうしても書かなければならなかった。

由良町で、たくさんの被害者が苦しみながら死んでいったことは、谷口さんが全国の関係者に伝えた通りである。

汐見先生の話に、4年、5年経って、被害症状があらわれて苦しむ人がいた、と何度も聞いている。著書にも書いてある。私が知っているのはすぐに被害者となって苦しんだ人ばかりです。由良町の風力発電21基の周りには約1000人の人が住んでいる。1%として10人、2%として20人。大変な被害に苦しんでいる人がいることになる。統計は嘘をつかない。水俣病で被害調査をしないように、由良町でも被害調査はない。あっても書けないように圧力がかけられるだろう。

ちなみに選挙で私は総スカンだった。被害地域はもちろん、被害の及ばない地域でも話にならなかった。全国の風力被害地では、風力被害を訴える議員は誰もいない。タブーなのだ。どうしてなんだろう?

どこでも風力被害者はそれぞれに管理されて圧力が加えられている。東伊豆町では金持ちばかりだったので、金持ちは金よりも大切なものがあるから別荘地を放棄して逃げ出してしまった。田舎者の被害者は1万か2万の協力金が嬉しくてならない。そういうことなのだ。

我家の歴史は京都からの都落ちで、出たり帰ったりを繰り返した。私が最後の生き残りです。意識が違った。そういうことだったのだ。

 

それにしても人間とはなんと脆いものだったことか。由良町では、被害者を含めて誰一人として私の風力被害反対に応じる人はいなかった。2月の選挙はそれを実証した。私は見てはならないものを見てしまった。加害者も、被害者も、言ってはならないというのだ。

自然エネルギーの普及という権威ある国策に、低周波被害で苦しんで、死亡して、引っ越して逃げ出して、汚い言葉で弾圧を繰り返して、人々は「関係ない」という。

風力発電の被害に抗議しているのは、私一人なんだろうか。

由良町の事件だけでも許せないものを、全国で同じ被害が巻き起こっている。

みなさん、風力発電に反対しましょう。由良町の風力発電を止めてください。町長たちは被害者を弾圧することで殺人へのハードルをなくしています。人間性の破壊です。風力発電は人間の精神を破壊します。社会の崩壊です。「関係ない」と。

被害者たちは黙っていればなにもされないと信じ込んでいる。有害な低周波空気振動で頭がいかれて生活の質が落ちてしまっていることにも気が付かない。自分の人生が破壊されているのに考えるだけの力は残っていない。「汐見先生は共産党や」「由良さんは信用できない」そんなことばかりが脳裏をよぎる。抵抗力はすでにない。