言論の統制、もの言えぬ社会

人を汚い言葉で侮辱することは見苦しい。それが原因で虐めになって、人生を破壊されるとなると、これはもう犯罪だ。そんなこと当たり前だよ。しかしこの法律は、逆に言えば、自由に人を犯罪者に仕立てることができるのだ。言論の統制が簡単になるのだ。風力裁判では、私は何度も懲役刑だと脅された。

へ~え、と私はどこか他人事のように驚いていた。原因となった谷口さんはすでに亡くなっている。風力発電の低周波被害を訴える私も、とうとう年貢の納め時か。と思ったよ。下関市の風力裁判では2年6ケ月の懲役刑(執行猶予)が確定している。それと同じことか、いや、実刑だろうか、と。

150年前の安政の大獄では、吉田松陰は首を切られて殺された。由良守應は牢屋と追放処分だった。長州と紀州では、それほどの差があった。私も誠実に話せば分かってもらえると純真に訴えたものよ。これは吉田松陰のドラマなどで何度か見たことがあるから、それを真似して、谷口さんらの惨劇を訴えたのだ。

私も被害で苦しんでいるのだ、と。結果はボロクソだったよ。風力発電の被害なんて聞いたことがない、というんだから、アレアレ、困ったものだった。吉田松陰もそんな表情だったと覚えている。そして守應の罪状には酷いことが書かれている。役人のすることは、今も昔もこんなことなのだ。彼らは決して罪を問われることはない。

嬉々として犯罪者に仕立てて笑っていた。さらに喜んだのが地域の人々や環境運動家たちだった。彼らの本質をはっきり見た、と思ったよ。さて、この記事について、日本では誰も抗議の声がない。人を侮辱するのは犯罪だ。それは良いとして、半面の言論統制、全体主義の恐怖には、なんで誰も反対しないんだろうか。

ソビエトのような管理社会になるんやで。日本でもそんな時代があっただろう。風力発電の被害でも、地球温暖化、自然エネルギーだという。地域活性化だというんだから、屁理屈さえ付けば詐欺でも何でも出来てしまう。批判は許されない。私は各地の風力発電被害者から怒りの言葉をぶつけられている。

「オマエを名誉棄損で訴えてやる」というのだ。判で押したような言葉の羅列は、彼らがロボットになり、注入された言葉をそのまま受け売りしていることが分かっている。彼らは一人ひとり管理されて消されていくのだ。環境省の「納得してもらう作戦」の一コマだ。だから日本には風力発電の被害に抗議する人は一人もいない。

自称、反対運動はほとんどが管理されたエセになっている。私たちは土砂崩れが心配です、という人々だ。恥ずかしい、という言葉を知らないんやね。前ページに書いたように、衆議院選挙でも「次世代エネ 各党競う」とある。再エネ一色だよ。被害者のことなんかどこにもない。まさに言論の統制。モノ言えば唇寒し。

日本は、このまま転落するのかい。10万円か、20万円の給付金をもらって喜ぶ奴隷となるのか。

カテゴリー: 新着情報 パーマリンク
-->