風力発電の低周波で苦しんでいる。

h23年の12月から風力被害に苦しめられているから、もう8年にもなるか。その間、たくさんの風力被害者が苦しみながら死んでいった。今も被害を受けて苦しんでいる人はいるだろうが、誰も風力の「フ」の字も言わないようになっている。被害者を黙らせる仕組みは多種多様で、上は国連の地球温暖化、CO₂削減、下は地域住民による虐待まで、よくもこれほど被害隠ぺいに工夫を凝らしたものよ、と感心する。

「考え会」野鳥の会などは、国策の手先として、被害の否定、被害者の弾圧を実行しているので、時代に迎合して実に楽しそうにやっている。全国で、誰も抗議の声すら上げられないはずよな。たまに風車建設反対というグループもある。しかし隣接する風力被害には全く関心はない。あたかも低周波の影響が心配だといいながら、被害者の存在など対岸の火事、他山の石、でしかない。いや、むしろ無視することで被害者を黙らせているのだ。

私もよく言われたことだが、「だからアンタは誰にも仲間に入れてもらえないんだ」と。その仲間というのが隠蔽の仕掛けでしかないことは、由良町でも、伊豆でも伊方でも、やり方はみな同じことは、歴史が証明している。毎年のように公開された環境省の『移動発生源の・・・』という調査報告書の不気味さはどうだろう。県の環境課、市町村の担当者の高圧的な弾圧は、被害者を泣き叫ばせたではないか。

その人が生贄として死んでいく。地域から引っ越していなくなる。それが面白くて、被害者を黙らせるためなら何でもありの極限を作り上げた。関心を示していたジャーナリストたちは消え去っていた。今は本当に私一人が風力発電の低周波被害を訴えている。エライことになったものよ。低周波被害者の会の窪田泰さんと話したことだが、「なぜ由良さんだけが被害を訴えているのか」と不思議に思うらしいのだ。

私はいつも同じ答えを言っている。ヨーロッパでもアメリカでも「風力発電を止めろ」と怒っているでしょ。日本だけが泣きながら苦しみながら殺されている。なぜ怒らないのか、その方がおかしいんと違うか、と。しかも地域の人はそれを見て喜んでいる。私なんかすごいで。やられっぱなしよ。一つには、先祖に感謝している。反骨心。自負、プライドと言ってよい。人としての尊厳だけは持っていないとね。

泣きながら黙って死んでも誰も褒めてはくれない。笑いものにされて殺された被害者を見て、固くそう思ったのだ。由良町の風力発電21基を撤去してくれ。いつか日本も、残酷な風力殺人を繰り返していたことが明かにされるだろう。いや、もうみんなが知っていることだけどな。

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