再エネのアホさを見よ。

新聞やテレビの質の低下が浸透している。テレビは見ませんから、という人も多くなった。新聞を購読する人も少なくなっているんだろうね。もともとが、本を読まなくなった、というから当然の結末か。由良町のような田舎に住んでいると、オマエ本なんか読むからオカシクナルんやで、と言われている。その割に、親類の誰かが大学に合格すると自慢タラタラよ。オマエは金で入ったんやろ、と付いてくる。

まぁ、その通りかもしれんけど。レベルの低さに辟易する。やはり家柄意識、血統なんだろうかね。武士は武士、百姓は百姓でしかない。それでいいんだけれど、外人さんが日本に押しかけてきて国際化していくと、どうしてもアイデンティティ(その人らしさ)が明確になる。和歌山、由良町では、アメリカなどへ移民する家が多かった。貧しかったから。我家にもサクラメントで亡くなった人がいた。

この歴史、地域性を見ても、少しは国際政治に反応してもいいものを、と思うんだよ。前ページにはCOP29の顛末を記載した。それは私にも分からない話だから、由良町の人と話しても通じることはない。その前に、もう誰とも話しなくなっている。風力発電の被害を巡って、これほどまでに対立、孤立化してしまっている。敵意丸出しになるからね、恐ろしくて声もかけられないのだ。

町に住むすべての人が、被害者も含めてタブーにする。言ってはならない、触れられない禁句がある。【低周波音】の被害だ。由良町の人がなぜこれほどまでに敵意を見せるのか。カルトやな、お猿さんやな、と書いてきた。あるいはカエルになっている。よくもインプットされたキーワードを、順序よく繰り返して吹聴するものよ。洗脳、すっかり出来上がっている。これが全国各地の風力地で行われているのだ。

初めはh18年の東伊豆町の風力被害で、「彼らはウソつきだ」と言われていた。せっかく詳細な被害調査報告書を全国に発信しながら、コテンパンに潰されていた。ウソつきゴンボのオンパレードに、低周波被害者の会の窪田泰さんと笑うしかなかったよ。地域風土なんだ、という話もしたけれど、伊方町にしろ、由良町や下津町の風力被害が続くとな、アレ、なんで誰も反対しないんだろうか、と不思議の国のアリスだった。

「土砂崩れが心配です」ってか。風車と、そこに住む人のどちらが大事なんか。問題の大きさを取り違えてはならない、というか。ドイツに習へ、とかね。海外の風力反対と見比べると、ボロクソに弾圧しまくりになっていた。東北地方のように「風力日本一」と書いた幟旗を揚げてお祭り騒ぎよ。昔、原発音頭を踊って喜んだ地域の人と同じ光景だ。あの音楽を福島で流してやれ。日本に原発は無理なんだよ。

今朝の産経には、アメリカのトランプ大統領について、気候変動問題はもう終わった、と書いてある。この人は原発推進で有名だけど、初めてこの紙面でその言葉が消えている。原発と再エネ、コインの表裏となったマスゴミに、何か意味があるんかな。まだ一歩踏み込まない安全側の御用学者よ。でも長州新聞記事にあるように、日本政府は、政治家たちは風力発電に燃え滾っている。風力利権がモノスゴイ。

和歌山の西海岸にも、広範囲に風力計画が進められている。地域の漁師たちは大喜びよ。原発よりいいじゃないか、カネ貰えるんでしょ、低能な話に言葉を無くしている。私は陸でも海でも村八分さ。ここまで日本人がヒステリックに陥るとはな、政治家・議員のアホらしさよ。しょせんは住民たちの反映でしかない。私は由良町で、風力被害に遭って死んだ人たちの事を書いているけれど、誰も気にしないからね。

差別地だから笑い話よ。みんな面白いのだった。私一人が、「それは違う」と言ったところで、アホよら、と言われて吐き捨てられる。由良町周辺の町でも同じことになっている。何もない所だから、とお金の配分を待っているのだ。構ってくれるだけで有り難いのだ。人間としてのプライドはないのか、とつくづく思う。被害者には何を言っても通じない。水俣病でもそうでしょ。イタイイタイ病でもな。

悲惨な公害なのに、誰も見向きもしない。心理操作だけじゃない、もともとがそんなレベルの国民性を見る。それでもどこかに反対する人がいてもいいんだけどな、と前記の窪田さんと話してきた。日本だけがなぜ土砂崩れなんや❓ この笑い話が、日本では通じない。もちろん世界中で日本だけだろう。カネ儲けだけかい。人としての気高い思いはないんかい。

全国の風力地を見たら、どういうことなのか嫌でも分かるだろう。低周波音の被害と弾圧、それとお花畑の環境運動会、仕組まれた罠なんやで。由良町の風力発電を撤去してくれ。耳鳴り、目まいがする。苦しくてならんのや。