11月になってから急に低周波音の響きが身に堪える。脳髄に浸みこむようだ。耳が痛い。心臓が、胸を押さえながら暮らしている。全国の風力被害も同じでしょ。まさか、土砂崩れが心配です、じゃないわな。そんな地域対策、情報操作に、不思議と人々は無関心を決め込んでいる。それよりも被害者差別、アホにして笑っている方が面白い。大体が差別地に風車は立てられるから、地域感情がそのままスライドする。
その地域の人が、「風力の被害など聞いたこともない」と言ってみたところで、へヘッ、と笑われるだけだ。みんな、何もかも知っているんだよ。その上で、「誰も被害があるなんて訴えていない」と上塗りのように重ねて言い募ってもさ、重症の被害者が泣き叫んでいたこと、死んでしまった事は見ての通りだ。その時役場では皆笑っていた。何がそんなに面白いんだろう、と恐ろしくなったものさ。
どこかで見た風景、そうや、水俣市でも被害者を嫌悪して差別していた。今も変わるまい。私は谷口さんらの断末魔を聞いている。なんということだ。たくさんの悲しい言葉を紡いできた。私に対する敵意、畑地区の人と一緒に頑張っていく、なんてさ、思い出してもゾッとするで。国家権力による弾圧、地域政策は悲惨を極めた。家族の人もいたのに、誰も何も言わない。セイセイしたんだろう。どうせ〇〇よら。
恐ろしい人たちよ。私の親類だって、従兄弟が13人もいるけど、広川町でも日高町でも、知らん顔だ。古い親類を合わせると、もっとたくさんな数になる。その裏切り、せせら笑いに遭うとな、アレアレ、終わったな、と思ったよ。風車病、健康被害があることぐらいは皆知っている。知っていながらそれらの冷酷非情な対応は、水俣病やその他の公害の場面と同じモノだった。じつに公害列島よ。
東京には光化学スモッグがあった。学校では外で体育が出来なかった。被害に遭って、ヘンな人になった場面を見たでしょ。55年も前の事だから、もう忘れたか。ヘンな臭いが下町には垂れこめていたしな。みんな我慢していたんだよ。やがて環境庁という奇妙な組織が出来る。石原とか言う環境庁長官が何か言っていた。今では笑い話だ。日本ではそれらの公害を克服したんだろうか。
水俣裁判は今も続いているし、被害者の虐待や、イタイイタイ病の人もまだ生きている。廃人と言ったら怒られるか。そのようにして風力被害者は殺された。笑いものとして。なぜそんなことが出来るのか、と私は一人で訴えてきた。村八分、アホにされている。それでも耳が痛いからね。ワンッ、ワンッ、と低周波音の衝撃がある。死にそうだよ。他の被害者たちはどうしているんだろうね。
とうに狂っているからロボットになっている。ワシらは役場を信じている、というからね。イヤハヤ、人は暴力を振るわれたり弾圧されると、簡単に動物になる。自己家畜化するのだ。私だけ、なんでか違っていた。初めから、この人らは何やろ❓ と別な見方があった。助けてくれ、という命がけの言葉も、すぐに消えていく。これが人間というものか。日本の皆さん、想像力を働かせてくれ。
海外の風力反対、抗議デモを紹介してきたけど、日本とは違うでしょ。「Stop wind turbines!」の意味が分かりますか。精神性、人に対する思いやりの気持ちが分かりますか。それを日本ではなぜ、アホよら、関係ないと言って笑うのか。この乖離、隔絶は何を意味するのか、よくも人権なんて言葉を弄ぶな。支配技術、心理コントロールやで。人としての優しさ、思いやりの心はないんかい。
インターネットで検索したら簡単に答えが出てくる。ニセモノのエセ反対、風力キャンペーンが溢れているけれど、本来の意味、なぜ風力発電が悪いのか、その答えはチャンと書いてある。どちらを取るかは、その人の価値判断だ。環境ビジネス、環境詐欺、カルトになったお花畑の環境運動会。カネ儲けのダシやないか。人の不幸を足場にして、何かの利益を得るか。由良町の人は、いったいどんな利益があったんだろう。
人をアホにして喜ぶだけよ。これが人間か、と驚いた人もいるだろうに。日本人の内向き志向はよく分かっているつもりだ。グローバル、国際化、と言っても拒否感があるだろう。それでもな、その特殊性がこんな風力被害、再エネによるバカバカしい環境破壊を招いている。山々の樹木を剥ぎ取って太陽パネルを敷き詰める。何が自然エネルギーだよ。倒錯、勘違い、ペテンだろう。風力発電の被害も同じ狂気なんやで。
被害があることを分かっていて、被害者を弾圧して殺している。殺人事件よ。政治、行政は間違っている。その犠牲になってはならない。少なくとも人間としてのプライドをもって、低周波音の被害の実態を訴えよう。風車を撤去してくれ。苦しいんだよ。








