山畑で、みかん採りをしている。風力が近いからバサッ、バサッ、と風力の騒音と、空気振動の音波を肌で感じている。心臓が痛くてな、胸を押さえながら、苦しみながらの作業になる。私をここまで生かしてきた理由は何だろう、他の被害者たちの死にざまが目に浮かぶ。腹の立つ裏切り者たちよ。なぜ風力を止めろ、と言わなかったんだい。生きることを諦めて、奴隷になって言われたとおりのセリフを繰り返していた。
オウムやな。谷口愛子さんも、そうやって行ったり来たりの繰り返しに終わっていた。たまたま私に連絡してきたのには藁にもすがりたい思いだった。他の被害者からも電話があったから、皆、同じように苦しかったんだろう。役場や警察から弾圧を受けて、さぞや辛い思いに泣いただろう。環境運動家に取り巻かれる。これも被害隠蔽の罠だと知っていた。でも誰も話を聞いてくれる人はいないから、なんて優しい人かと勘違いする。
私に対する敵意は、風力対策で摺り込まれた催眠術だ。我家にも、もともと特殊な家柄があって、旧家独特なプライドの高さがあった。アホにされっぱなしよ。どちらが、という訳でもなく、互いの距離感はあった。その垣根を越えての風力被害の電話だったのだ。その言葉の重みは、私にだって分かったさ。命がけで言っていたんやね。私も出来るだけのことはした。こんなに憎しみあうことになろうとは、「何があったんよ」と言いたくもなるわな。
それらの被害者は皆死んでいる。生きているのもあるけど、とうに話にもならなくなっていた。それほどマインドコントロールの呪縛がすごかったということだ。h23年から、随分と過激に叫ばれたものよ。「出て行けっ」と叫ばれたのも谷口さんだけじゃない。嫌悪の感情丸出しでな、「アホかっ」と怒鳴られる。それが本心であることは分かっていた。総スカンの議員選挙や風力裁判は、だから分かっていて糞つかみをやっていた。
逃げても良かったんだけどな。なんと不器用な、と自分で笑っている。もちろん心の中では泣いたよ。エライ役を貰ったものさ。谷口さんらとはドライブに行ったり食事を楽しんでいた。居酒屋を経営していたり、社交的な人たちだった。まだバブル経済の余韻で、社会には緩やかな余裕があった。この10年、20年の社会の変わりようよな。人が、刺刺しくなったと思うで。風力被害でやられているからね。
11月は、空気が入れ替わる。冷たく澄んだ空気が、風力の低周波音をこれでもかと卓越させる。純音として、被害成分が突き刺さる。耳鳴りや目まいに、死にそうになる。そうやって被害者たちは死んでいった。烈しいにらみ合いの喧嘩をしたけど、自業自得だからね。とくに私を訴えて裁判で勝ったと言って喜んでいる人々がいる。風力の被害など聞いたこともないと豪語する。被害地域では大喜びして笑っていた。
それをまた私に伝えに来るか。完璧やな。これが正義なのかと、誰もが納得する。アレアレ、最初の被害に苦しんでいるから助けてくれと言ったのは誰やったんや。この辺になると差別視しかない。賤しい人を見る。知らないんじゃない。低周波被害の苦しみや断末魔を見て、人の不幸が面白いのだ。人間やないな、これが目的だったんや、谷口さんからも同じ話を聞いていた。どうしようもない人間性のサガを見る。
役場や警察・裁判所でも同じ話を聞いていた。まるで江戸時代の安政の大獄だ。時代は変わっても、日本人の有様はそのまま変わらずに機能している。由良守應だって牢屋暮らし、刑務所で暮らしていた。最近テレビで陸奥宗光のドキュメントをやっているけど、守應の事が出てこない。宗光は守應宅に居候していたのだ。カネの面でも支えていたと聞いている。ギブアンドテイクがあったんだろうけど。
一緒に刑務所に同行する、そんな友人が羨ましい。日本でも、風力発電に反対しないか。ドイツじゃ全土で「風キチガイを止めろ」と言っている。Kein windparkと検索するとドッサリ出てくるで。少しググる必要があるけど、風力キャンペーンの欄の中から、真実の風力反対へと突破する。バレバレなんだよ。風力反対と検索しているのに、真逆の風力コマーシャルばかりでしょ。よっぽど見られたら悪いんやで。
日本はさ、もともとの風力反対がペテンのエセ反対になっている。土砂崩れが心配だの、地下水がどうだと書いてある。言葉のすり替え、情報操作よ。風車の数を1本か2本減らしたとか、ズラしたとか、奇妙な妥協案になる。風力の手先なんだよ。協力金とかな。東北地方の風力運動会見てたら分かるでしょ。嘘八百さ。由良町もまったく同じ有様だから。マニュアル通りさ。この違いを日本人は指摘しない。
関心がない。水俣病の時と同じだ。これも政府の方針なんだろう。マスゴミとかな。私より頭の良い人はいくらでもいる。日本の風力被害に、立ち向かおうぜい。騙されてアホにされていたら、本当のアホ馬鹿やで。日本が滅ぶ、とさえ考える。真剣に取り組もう。







