風力発電の被害は国家犯罪よ。

今朝の産経記事にはAI人工知能が意思を持つか、と書いている。最適解、クリティカルパスを目指すなら当然、それを意志、方針と見る。紆余曲折、迷いなんかない。人生の思わぬ寄り道や出会いはない。極端やなぁ、と思ったよ。AIで大学の卒論なんか書いて楽しいか。そんなものに大切な卒論を書かせて意味があるのかと思うのだ。

「キミは文が下手だねえ」と担当教官に言われた時の恥ずかしさよ。それが大学の思い出というやつだ。そんな言葉のやり取りが先生との貴重な交流になって積み重なる。もしそれがAIの文なら、見向きもしないだろう。時間の無駄だよ。AI的な人間がいる。公務員、政治家、エセ学者、いろいろ思い浮かぶ。

前ページに書いた『黒い海』にもヒドイ対応が繰り返される。実名を挙げているから、スラップ訴訟にならないのか、と心配する。私なんか風力裁判でボロクソだったからね。風力発電は大金が動く。反対運動や被害者は、警察が取り締まる。『黒い海』は人身事故でカネにならないから。その差だね。

それに風力発電は被害が分かっているのに、全国で今も急ピッチで建設が進められている。被害者の弾圧と、地域感情のコントロール、サステナブルのスローガン、まさに国を挙げての大事業だよ。日本人は誰も反対の声を上げられないのか。海外の風力反対のデモを見ても、何も感じることがないのかい。これが残念な所だね。

東北の風力発電が林立する町では、地域住民は何も考えることはないんだろうか。由良町と同じで、被害者をアホよら、と笑うだけなのか。以前は確かに被害者がそれぞれに、被害症状が苦しいと言って役場や業者に抗議していたのに。今はそんな気配はどこにもない。たくさんの悪魔、環境運動家が嬉々として弾圧したからさ。

地域の人々も被害者が苦しみ死んでいく有様を見て喜んだものよ。やはりどこへ行っても日本人は同じ反応をするんだろうね。ゾーニング、だと言って、ここは風力発電の地帯ですとか。それが法的な支配で、人々は家畜でしかなくなるのか。誰も感情的に怒る人がいないからね。海外の反対運動する人から見ると異様な風景だろう。

ヒューマニズムはないのかと。いや、日本人は「低周波の法律はないんだ」と言って笑う方をとる。たとえそれが風車病に苦しむ当人であっても、周囲に合わせて笑うことが住民としてのマナーなのだ。哀れな自己家畜化よ。「私たちは風力発電には反対ではありません」と決められた言葉を言うんだよ。オウムでしかないのに、とうに人間の感情はAIなみに支配されている。

「いったい誰が風力発電をやっているんよ?」と初めから聞く。地球温暖化だ。脱炭素だ。エネルギー転換だ。「お国のために」ということや。150年前、幕末、明治維新であれだけ日本人は奮い立ったのに、それが、たったの100年でこんなにもダメになるなんてな。水俣や福島を見てみなよ。これが日本の姿なんやで。

アメリカやヨーロッパ人はこんな弱点は見逃さない。それが風力発電となって全国に展開されているのだ。環境省の報告書を見なよ。インターネットにはQ & Aなどいろんな心理コントロールが用意してあって、権威に従いなさいと書いてある。低周波被害などないんだと。こんな組織はいらんわな。こんな公務員は百害あって利益はない。

すっかり風力事業の出先機関となっていた。初めからそうだったけどな。ヒドイもんさ。よかったら日本でも風力発電に反対しないか。「土砂崩れ」じゃないで。添付した写真にはそんな言葉はどこにもないでしょ。日本人が、同じ日本人に対して、こんなにもバカげた嘘を繰り返す。そりゃぁ、アメリカ人はアホにして笑うわな。

この恥ずかしさを日本人も分からないか。どれだけ我々日本が貶められているか、根本の出来事を真摯に見ようじゃないか。地下水が~、とエセ反対は言う。言葉遊びに真剣な叫び声のデモだから、迫真の演技やね。各地に潜むスパイ工作員にも目を向けよう。水俣や福島を見ればよく分かるで。腐り切ってるな、と吐き気がする。

「亡国」でしかないからだ。地域対策はここまで進化、深化しているということだ。私は海外の風力反対運動が正しいと思っている。なかにはヘンなのもあるけど、それでもSNSの検索ではレベルの高いものが多くあった。日本にはそんなものどこにもない。青い海、青い空、私一人なんかい。