風力被害を訴えた旗手たちへ

風力発電の被害に関心のある人なら、「黙殺の音」だとか「低周波音被害者の会」、伊豆や伊方の風力被害を訴える個人のメッセージを見たことがあるだろう。彼らは今74才周辺の人ばかりだと気が付いただろうか。昭和24年生まれの団塊の世代、私はそんな人たちに揉まれながら生きてきた。

その世代は人数が多いから独特な、共通した感じだったなぁ、と思っている。なんせ元気がよい。近所の古刹、開山興国寺の和尚も74才だという。「見たら分かるでしょう」と笑って言っていたよ。競争が激しい分、何か主張しないと埋もれてしまう。そしてそれなりに成功してきた世代でもあった。高度経済成長だったからね。

いくらでも需要があったのだ。みんなセッセと、夜学でもいい、大学に行ったものさ。だから優秀な人が多かったんだろう。でも腰が弱かった。ある日突然、腰砕けになる。アレッと思ったよ。これが戦前の昭和一桁、私の親父の世代とは違うところだ。死ぬまでやるからね。前記の林さんも、窪田さんも、一線を引いている。

まだ少しホームページの欠片が残っているかな。とくにコピーなんか取っていないから、本にして出版すればいいじゃないかと私は言い続けてきた。他にも愛知県や淡路島、全国各地に同じような風力被害者がいて、低周波音被害の実態を訴えていたものよ。「八咫烏は窪田泰か」というようなヘンテコな噂話がブログに飛び交ったこともあった。

「どっちでもいいじゃないか」と私は笑っていた。本人たちはライバル意識なのかどうか、どちらも低周波音被害者だから頭をやられている。ヒステリックになっているのだ。低周波音被害の独特の症状よな。私も同じ被害者だからさ、その苦しさが分かったよ。同じように感じた被害者も多いはずだ。だからこそ、全国からたくさんの人が彼らに連絡して、生きる術を求めたのだ。

私も彼らからたくさんな知識を学んだ。黙殺の音でも「低周波音被害者の会」でも、ギッシリと書き込まれた文章に、それを欠き砕くのに難儀したでしょ。昔、泉鏡花の小説を読んだ時も、何だこりゃ、と思ったものさ。腰を下ろして読みふけると、しみじみと伝わってくるんだけどね。両氏のページを見ると、書き方は違っても、同じことなんだと分かるのだ。

それで八咫烏を名乗る林さんと、窪田さんは同人物ではないかと言われたんやね。よく分かるよ。私も見分けがつかなかった? から。残念なのはさ、その後に続く人が誰もいない。せっかく彼らが体験してきた低周波音被害の真実を伝える人材がいないのだ。やはり人だな、と思う。あの水俣病でも、原田正純、日吉フミコ、ユージンスミス、一握りの人が被害の悲惨を訴えたでしょ。

今の現状を見てみなよ。元の木阿弥、と言ったら怒られるか。国家権力、それだけじゃない。それを見ている周囲の人が、現実を直視して見ることができないのだ。その感覚がないのだ。なぜ日吉フミコの次に人が続かなかったんだろう。今年の映画『MINAMATA』は拒否されたのか。私だってさ、もし風車病に遭わなかったら、水俣病を風土病みたいにしか思わなかっただろう。

何人かの現地の人と話したけれど、まさにそうだったからね。40年前と、何も変わってはいなかった。しかし水俣病と、風車病はよく似ているなぁ、と最初から感じていたよ。国家権力による弾圧と、周囲の人々の意識だ。もともとが差別地域だったという。これも同じだ。畑地区の谷口さんから何度も怒られたよ。それを「考える会」は逆手を取って捩じ上げる。

私は旧家のボンだから簡単に追放されていた。憎しみの的であった。新しい人は出ないなぁ。そう思っていたら今朝の産経記事よ。日本は衰退しているで、と書いてある。その割には現実は、韓国から日本企業に就職する人が多いと聞く。その逆はない。しかしな、この記事は結論がいいからアップした。「果敢に挑戦することだ」そうだ。

因みに、ここに書いてある福沢諭吉も陸奥宗光も、朝鮮には関係するな、と書いてある。これが日本人の本音だろう。子供の頃味わった銀座の焼き肉やキムチはとても美味しかったけどな。竜谷大の学生たちが我が家に遊びに来てくれたものだけどな。現実を見ようじゃないか。窓を開けてみよ。風は吹いているか。風もないのに風力発電が回っている。有害な低周波音を発している。

それはファントム戦闘機と同じ程度の、非常に害のある音圧だ。巨大な音源は、特殊な音の場を形成する。とても彼らが言う扇風機じゃない。被害に抗議しようじゃないか。それを「土砂崩れが心配だ」と言い換えるスパイ工作員を拒否しようじゃないか。日本人が、アホにされているんやで。