コロナワクチンの終焉

先日3/8日付けにアップした記事に続いて、産経でもコロナワクチンに疑いがあることを記事にしている。この数字をそのまま鵜吞みにすることはできない。私のように世を拗ねて、一人山の中で甘夏採りに日々を暮らすものもいるからだ。何人かの人に言われたことだが、「由良さんもワクチン打っていないでしょ」と、同意だ、のようなことを言われて笑われたことがある。

ワクチンを拒否する人は、他人でもそれが分かるらしいのだ。わりとヘンな人が多いかな。いや、低周波被害者でもみんな打っているから、別の価値観を持った人が世の中にはいるということだ。ここで気が付くことは、ヨーロッパでもアメリカでも、ワクチン接種の義務化反対! とデモ行進までしていたことだ。マスクの拒否まで叫んでいたいたものよ。あれだけの感染者を出して、山のように死亡者を見ながらだよ。日本にはないコロナ惨禍があったのだ。

記事にある数値は本当か?日本にはなんでこんなデータがないのか?日本人はアホだから、誰もそんな疑問を持つことはない。上から言われたとおり、「かしこまりました」となる。以前ヨーロッパ人と食事していて、彼らが私の話に「畏まりました」と返事して笑っていた。私は手を振って否定したけれど、彼らは日本人のアホさを見抜いていたんやね。今になってその卓見を評価する。つまりな、彼らは若者たちでさえ、日本人の弱点を見抜いていた。

人材のない政治家、行政マンさえ陥落すれば日本は乗っ取れる。かつて幕末維新の時、「玉を獲る」と言って王政復古が行われた。尊王攘夷の幕府はコテンパンだよ。ヘンな話よな。今も、そんな社会風土は変わらない。日本の民主主義は、自ら勝ち取ったものじゃない。上から与えられたものだ。だから日本人には本当の民主主義の意味は分からない。個人主義でも社会主義でもない。言われるままに、逆らう事なきを旨とせよ、でしかない。

それがヨーロッパ人には面白かったんだろう。このページで、私は風力発電の低周波被害を訴えている。ヨーロッパやアメリカにはすでに答えがあるから、風車病を否定することはできないはずだ。そうであるのに日本では低周波被害を否定して「被害を訴えるものは精神疾患のもの」とまで書いて弾圧する。各地の地域対策として、自称反対運動では「土砂災害だ」という言葉のすり替えにして笑いものにしている。それが行政、政治の姿である。

人々は風車病に苦しむ者を迫害して消し去ってきた。私なんかは村八分だ。それが人々には面白くてならないらしい。安政の大獄でやられた由良守應には酷い罪状が残されている。60年前の私の子供の頃でさえ、そんな話が残っていたから、守應の生きていた時には、さぞ苦しめたものだろう。吉田松陰や橋本左内なんかはすぐに殺されたからね。いったい誰がそんな酷い間違いを演じるんだろうか。

私の風力裁判では、「風力の被害など聞いたこともない」と散々な弾圧風景だった。環境運動家や人々は大喜びしたものよ。日本人はこんな程度のものだったのだ。憂国。少しは日本人であることに誇りを持とうじゃないか。でないと外人さんと話はできない。アホにされて終わりよ。私は一緒にしないでくれ、と思っているけれど、やはりな、世界標準というものはある。そこから落後すると、あとは奴隷として見下されるだけだ。カネだけじゃないんだよ。