風力発電の狂気を見よ。

日本の政府は、さらなる再エネの推進と歌っている。新聞やテレビではその弊害に触れることはない。マスゴミ、風力キャンペーンとか、太陽パネルの宣伝でいっぱいだ。政治家の口パクも、もう明らかに透け通っているやないか。再エネ議連に見られるようにカネ儲けでしかなかったんやで。彼らには美味しい仕事さ。反対に見せても、土砂崩れが心配です、とやっているからね。

由良町で見せた弾圧、虐待の惨劇を見事に否定しているのだった。全国で同じペテンのエセ反対を見るでしょう。「考える会」、野鳥の会などの環境運動家たちよ、再エネ利権とは巨額の資金とイデオロギーに染まっていた。死んでいった哀れな被害者を皆が見ているのにね。リスク、受容義務、問題の大きさを取り違えてはならないという。ホンマかいな❓ と疑問すらない人々に、利用されるだけの家畜化を見るのだった。

人間が何も考えないで、命令された言葉だけを繰り返している。日本だけやな。世界常識が、日本では通じない。スマホにしろIphoneにしろ、アメリカ人と使い方が違うな、と見ていた。由良町でもタブレットを持つ人は多いけど、せいぜい時間か天気予報を見るだけだ。インターネット検索して情報を得ることはない。そんな機能もない、形だけのタブレットなのかもしれないけど。それならガラケーでよいのにね。

外人さんとは、そもそも使い方が違うのだ。キーボードを使う時、それが分かる。情報が溢れかえる時代に、なんということかと驚いている。「風力発電被害」と検索したら、AIの奇妙な欄がトップにあって、「被害はありません」と出て来るでしょ。情報操作のツールになっている。嘘八百の大本営発表だよ。信用も信頼も吹っ飛んでいる。環境運動家はそれが面白い。初めからヘンな奴らだった。

h18年の東伊豆町や南伊豆町の風力被害に集まった【お花畑】を見ただろう。集まったのか、集められたのか、その後の彼らの悪さを見れば、いかに彼らが悪意の一環として被害者を弾圧したか分かるのだ。誰か一人でも「Stop wind turbines !」と言ったか。せせら笑いしかなかったやないか。今じゃ東伊豆町でもどこでも、「被害はありません」と人々は繰り返す。じゃぁ、苦しみながら死んだ人やその地域を逃げ出した被害者は何だったのか。

精神疾患のものかい。アメリカ発の『死に山』にはそんな心情が詳しく書きこまれている。低周波音の被害に遭うと、人は塗炭の苦しみに狂い死んでいく。これが結論としてある。事実なんだよ。そして日本の風力被害もな。本当だからこそ面白い。政府が、行政が、低周波音の被害を否定する。被害に苦しむ者があれば吊し上げて殺して笑いものにする。生贄祭りだ。私もやられたよ。ただ、私はまだ生きている。

由良町だけではなく、全国の嫌われ者になっている。アホにされっぱなしよ。社会の吐け口が必要だったんやね。差別社会にして、カネ儲けのダシにする。何でもできる地域社会の構築だ。産廃だろうと、原発だろうと、支配が確立する。人々の家畜化、自己家畜化が浸透する。お上の言うこと聞いてりゃ楽チンよ。たとえ被害者でもな、早く死にたいよ、と言っている。それが正解だ。早く早く、顔も見たくないんやで。

そのように消えていく。畑地区のみんなと一緒に頑張っていく、か。笑うしかなかった。門前地区では、オマエは間違っている、と人々は嬉しそうに言う。何がそんなに嬉しいんだろう。水俣でも、チッソ、チッソと言って喜んでいるからね。きっと同じ精神状態なんだろう。だからジョニーデップが映画『MINAMATA』を作ったんだろうけど、やはり日本人には通じない。私だけなんか。

全国ではバイオマスやメガソーラーに反発の声が上がっている。阿蘇山の草原や、釧路湿原を覆い尽くす太陽パネルを見たらアカンと思うやろ。何が自然エネルギーや、と環境破壊を見ないか。それと同じように、『死に山』の記述を見たら、恐ろしい低周波音の被害が理解されると思うのだ。添付の写真のように、風車による大気の攪乱、カルマン流、と低周波音は有名な物理現象だ。日本人だけがそれを否定する。

被害者を拒否する。水俣病の裁判と同じ事の繰り返しよ。それが面白いと人々は手を叩いて笑う。これもきっと反動的なヒトラーの故事による。何もかも織り込み済みな、罠になっている。国に逆らって勝てるわけないだろう。そう言うか。私一人だからね、誰も近づかんわ。悪口の標的も、随分と定着している。他の風力地域と同じ有様だ。耳の奥が痛い。空気振動、衝撃波、気圧変動に苦しさいっぱいだよ。