風力発電反対は、初めから組み込まれたトリックとして、関係者、ジャーナリストらには知られていた。「考える会」とか全国大会とか、政治家、学者を含めて嘘八百のオンパレードであった。それを知っていたなら、ノコノコト出かけて行かなきゃよいのに、やっぱりヘンだった、と伝えてくる。大体、風力反対なんて、風力側が仕組んだ地域対策になっている。あるいは環境ゴロと言って、ゴマの蠅、原発反対と言っていた環境運動会よ。
由良町の周辺には三か所も原発計画があったからね、ウソのカラクリは、たくさん聞かされている。一つ面白いパンフを見た。隣町の風力反対❓を歌うパンフだ。由良町の幼稚園は風車から、ちょうど1㎞離れている。園内に入って見たけど、不思議と低周波音の響きが感じられない。子供たちの発するエルギーだろうか。由良町畑地区、周囲はトンデモナイ低周波音の響きに満ちている。谷口愛子さん宅も近くだ。
山々に囲まれているからね。地獄の風景なのに、ここだけ被害が感じられない。低周波測定器で測ったら、分かるんだけどな。私の気分的なものなのか、同じことは門前地区の開山興国寺周辺にもあって、測ってみると、確かに風車由来の低周波音が烈しく振動している。しかし被害者がいない。私は、何度も、ケンモホロロに追い出された。私に対する敵意が強烈だ。風力発電の被害を通じて、私が知らなかった人々の感情が手に取るようにして分かる。
風車病になると、耳だけでなく、感情的にも過敏になるからね。ウソやお世辞はすぐ分かる。オッと、パンフのアホらしさは低周波音の言葉がないことだ。由良町との境目に、たくさんの風力計画があって、何度も資料を持って説明に回ったものさ。住民投票で、一応の風力中止が決まった。しかしここにも、この町独特な偏見があって、かつての原発推進と反対、が奇妙なバトルになっている。
原発反対の子供たちが風力推進になっていたり、野鳥の会などの自然保護団体が資産地消だとか、自然エネルギーだと吹聴する。由良町の風力被害を否定して喜んでいるのだ。破壊工作をしているんだろうね。他所から転入した人もいて、いったい何を言っているのか分からない推進活動、被害の否定を聞いている。水俣や福島でも、同じような人がいるでしょ。現地要員よな。江戸時代の隠密みたいだ。
なんていい人なんでしょう、とか言ってね。すぐに分かるよ。私も原発やっていたから。添付記事はメガソーラーに反対だと書いてある。風力反対と比べて微妙でしょ。ここにも被害者の事は何もない。これは聞いた話だが、メガソーラーにも結構な被害者がいて困っているらしい。電磁波か、低周波音か、パワコンの「ブーンッ」と言う音なのか、それとも気候が変わってしまって、住んでいられなくなったのか、いろんな被害内容を聞いている。
工場の屋根に太陽パネルを敷き詰めると、その下で働く工員さんは、とても辛んどいんだってね。圧力、ストレスを感じて息苦しくなるらしい。自宅に帰ったらバッタリと倒れ込むとか。これも風力裁判と同じでボロクソさ。最近は誰も、被害を言葉に出来なくなっていると聞く。言論統制、思想管理、支配の強化だ。あたかも心配そうにして、メガソーラー反対と言っても、必ずお花畑がある。地球温暖化、土砂崩れが心配です、と言うからね。
被害に苦しむ者からすれば、ゲンナリするわな。風力と太陽パネル、この二つの被害に、今のところ連携は無いように見える。コラボでやりましょう、とかね。頭の悪い環境運動家には区別はつかんのだろう。サステナブル、GX、新しい魔法に呪われている。悪魔の手先になって喜ぶばかりよ。由良町では、風もないのに風力発電が勢いよく回っている。電気が余っている。他所で使ってもらえないか。
低周波音で苦しいのだ。動物と化した周囲の人とは何を話しても通じることはない。たぶん低周波被害に苦しんでいる奴がいる。その苦しみと、弾圧する喜びの気配が、交差する。息苦しさの原因だ。こんな社会に誰が住みたいものか。お花畑の物言いにも、もう誰も反応する気力はない。隣町の風力パンフは嘲笑のシンボルだ。お互いに笑いものにして喜んでいる。すっかりやられましたな。
各地の被害者たちは、まだ生きているんかと厳しい視線を浴びている。中国人でもよい、イスラム人でもよい、早く次の支配者が来てくれることを待っているんだろうかね。日本の政治家のアホらしさは、演出もあるだろうけど、「さらなる再エネの推進」を繰り返す。地獄へまっしぐらよ。