人心の荒廃を見る

風力発電は病気になる。海外なら当たり前に伝えられている情報だ。風力発電の何が悪いのか? 「Wind Turbine Syndrome」風車病だよ。人間だけでなく、家畜にも大変な被害があることは常識だ。ヒツジにされるんやで」我家を訪ねたジャーナリストたちはそう言って、これから起こる虐待、弾圧を予測した。

いま、「由良町、風力発電被害」と検索すると、画像集の中にたくさんのそれらの事件が表示されている。(グーグルでな)。環境運動家の悪いことよな。初めから彼らは被害のことを何もかも知った上でのスパイ工作を繰り返した。行政、政治、業者とセットになっていたのだ。今もそれは変わらない。各地のエセ反対運動がそれをやってるでしょ。

自然保護団体は、隠すことなく、「さらに再エネを一層推進する」と謡っている。価値観の違いよな。風力発電は自然エネルギーだから、ドンドン立てましょう、というのだ。地球環境だってさ。子供のアニメでもこんなダサイことは言わんで。50年前のSFアニメみたいなものか。大人の集団がそれをやると気持ち悪いで。

だからカルト宗教だと感じるのだ。正月に近所の4、5人と話した。脳梗塞でヘンになった人がいて、その周辺でも奇妙な死に方をした人がいる。しかし誰もそのことには触れない。「ヘッ、アホよら」そう言いながら「関係ない」と締めくくる。ヒツジの群れであった。日本人にはヒツジのイメージは分かりにくいだろう。

聖書にもあるけれど、要は食肉なんだよ。アホで殺されるしかないことを言う。またはそれが目的だ。それがこの地域の人々だと書いてきた。まだ若いのにガンになって死ぬときに、それでもその被害者は社会とのつながりがあると言っていた。アホやなぁ、とつい言葉にしたよ。被害地域になると皆、こんなにもアホになるんやで。

もちろん、その周辺では、私はすっかり迫害されて笑いものになっていた。百姓たちは平気で「出て行けっ」と叫んでいたからね。正月に話した百姓たちも、まったく同じヒツジであった。何も分からないのだ。被害を目の当たりにしても、それが何を意味するのか、何でそうなるのか、人としての考えがないのだ。

私の言葉だけは拒否するように仕組まれている。それがとても残念で腹が立ったよ。その反面、アホに付ける薬はないとも思う。人間の格差よ。企業でも、下働きの使い捨て要員と、管理するエリートに明確に分かれているでしょ。階層社会になっているでしょ。どんな仕事でもまじめに勤め上げるのが当たり前と言いつつも、今回の様なヒツジさんを見るとその綻びが見えてくる。

風力発電の「フ」、低周波被害の「テ」と言ったらあかんのや。言葉の不自由なことよな。それから私のホームページを見てはならない。由良守生と関わってはならない。嘲笑。あんなになりたいかと笑うのだ。私もそれを見て笑えてくる。アレアレ、ご苦労なことだよ。その上に「風力の被害など聞いたこともない」と言ってくる。

被害地になると、人はこんなにも狂うんやね。目の前の山々には風力発電が林立して回っている。かつて、谷口さんらが苦しみを訴えて、アホにされて死んでいった。人々はそれが面白いと言って笑って喜んだ。それだけの事なんだが、人々には何のことやら分からない。仕組まれた世界なんだよ。水俣でも福島でもな。

東北や北海道では風力発電に囲まれて人々が暮らしている。被害者がいて苦しんでいるだろう。誰もその人を助けるなんて考えはない。由良町と同じで、アホよら、関係ない、というんだろうね。これが日本中に広まっている。「社会が破壊されるんやで」そう云ったジャーナリストたちも今は消えている。生き方上手なことよ。

誰もホロコーストなんか見たくもないわな。政治家や行政、環境運動家の弾圧に遭ったら、キャー、だよ。ナチスの悪逆非道と変わらない。笑いながら被害者を殺して喜んでいた。私はその現場を由良町で何度も見たのだ。多くの人が同じ光景を見ているはずだ。その反応が、また正反対なんだから、これほど自分の意思を確認したこともない。

やはり人種、身分が違うんだ。今朝の産経記事には首相のアホらしさが書いてある。政治は機能しない。操り人形の世界だよ。政治の不毛。150年前の明治維新が羨ましいと思わないか。命を懸けて社会を改革したじゃないか。自公政治なんか止めようぜい。新しい人が、新しい政治を始めよう。それしか日本の進む道はないと確信している。

風力発電を撤去してくれ。苦しくてならんのや。

BBC ニュース-風力発電所は「台湾のヤギを殺す」