何が悪いのか分からない。ウソでしょ。

今朝の産経抄を見て笑った。前ページでもそうだったけど、彼らは確信犯よな。COP記事はあえて無視する。アホらしいからだ。私は絵が好きで、今もその手の本を読み漁っている。それで美術館の絵が、もし逆さになっていたら、いくらなんでも気が付く人はいるだろうと思うのだ。やはり権威に弱いんだということか。

鳥取県の美術館のニュースはテレビでもやっていて、貧しい田舎の事なのに、なんで誰も意見を言わないんだろうかと、物言わぬ日本人の慎ましさを見たものよ。ここは風力発電の被害もすごくてさ、誰も抗議できないんやで。それは全国でも同じことか。権威に弱いんや。とくに田舎の貧乏な人はな。金儲けのダシにされているだけなのに。

長州新聞には静岡の風力計画の記事があった。h18年の、あの全国に風力被害の情報を発信した伊豆半島の西側だよ。いくら田舎のこととはいえ、何が悪いのか、ぐらいは分かっているだろう。それが何で「土砂災害」なんや。低周波音被害の「て」の字もないやないか。それにさ、一般のメディアは無視して何も伝えない。山奥の人は言われるがまま。

いや、どうでもいいと思っているんだろう。たぶん彼らは東伊豆町の惨劇を知っている。圧力があるだろうし、少しでもカネになれば、さらに良いと思っている。由良町と同じだ。被害者に対する弾圧が面白い。そのことも、これでもかと知っている。その上でこの記事の言葉のすり替えだ。言論の統制、言葉規制、ゾーニングによる囲い込み。

昔のアメリカの西部劇に出てくるインディアンと同じやで。ここはもう私の土地だというのだ。牛の放牧。石油の採掘。インディアン狩り。オーストラリアでも南米でも同じ風景でしょ。じつは由良町でもさ、同じようにして、「ここを盗ったらもうワシのもんや」と言って私を睨み据える人がいる。土地争いのつもりか。初めからボロクソよ。

中には私に向って、「この人は何でも私たちのものを盗るんや」とわめく人もいる。アレアレ、と思っていたけれど、それを日本の政府が、ゾーニングと称して公然と奪い取る。それが法律かい。最近の環境運動家の言葉に、「風力発電は静かになった」、と自慢している。それが彼らの正体なんだが、じゃぁ、低周波音は測ってみたのかと聞くと、そんなことまで関知しないと嘲笑う。

聞こえる音だけで十分だろうというのだ。低周波音被害、風車病に苦しむ被害者のことはどこにもない。被害の核心、コアに触れることはない。誤魔化しのテクニックよ。初めからそうだったけどな。それが深化しただけのことだ。非情な環境運動の目的が見える。風力の手先でしかない。環境省との繋がり、権威に酔ってうれしそうなことよ。

初めから環境省の報告書を暗記したのかそのことばかりを繰り返していた。聞こえない音は人体には影響しない? 被害者に対する差別と弾圧。それがこんな記事に垣間見える。大体、山奥に住んでいる田舎者がこんな文面、思索が出来るわけない。すべてはマニュアル通りだ。問題は、誰もそのことを指摘しない。エコなのかってか。関係ないだろう。

海にも風力発電を建てるという。合意形成よな。海にも陸にもたくさんの風車が林立する。写真の通りだ。それを見て知っているのにさ。被害が何であるのか分かっているのにさ。以前、ここに電話してみたら、「もう風力の被害を言う人は誰もいません」と笑っていた。由良町と同じだ。たくさんの被害者が亡くなったと聞いていた。恐ろしい人たちよ。

毎日同じ内容になってきた。もう誰も私のページを見なくなる日が来るだろう。風力発電の発する低周波音を測定して、これが被害の原因だと訴えて来た。この資料を残さないとな。それが使命だと思っている。逆さになった絵を見ても、誰も気が付かないという。そんなことはない。何が真実なのか、ガリレオじゃないが、理解する人はいるものだ。

ガリレオの場合、西暦1600年から、2000年まで400年近く時間が必要だったらしい。地球が回っている。ただそれだけの事なのにさ。海外なら普通に、「Stop wind turbines !」と言って抗議しているで。日本だけ、アホにされて精神疾患のものとして差別社会を形作っている。差別の殻を割り裂く人はいないのか。私一人がバカらしい現実を書いている。土砂崩れじゃないから。