被害地の現実

私はよっぽどボンに育ったんだろう。原田正純の本を読んでも理解しない部分がたくさんある。小難しい所はさっさと読み飛ばしてしまう。人の名前なんか苦手だからね。私の専門の土木工学ならそうはいかない。お客さん相手だから、真剣みはすぐにすぐにバレてしまう。誤魔化しは効かない。

今は2.5haの農業をやっているから、同じように懸命に努力しているつもりだ。添付写真の言葉もその時は分からなかった。被害者に対する差別。このことは言ってはならない、という暗黙の了解。和歌山も差別が厳しいからね。べつに親を選んで生まれてくるわけでもないのにさ、私なんかアホにされっぱなしよ。

風力裁判の時、由良町の人たちは本当に大喜びだった。とくに被害地の人は勝ち誇っていた。何がそんなに嬉しいんだろうと、総スカンの選挙の記憶と共に考え直したものだよ。士農工商と、昔は身分が決められていた。我家は百姓だけど、和歌山城で出世した人もいると聞く。その時代に応じた柔らかな制度だったんだろう。

芸人、芸能界なんかは人を楽しませるもので、一般人とは違うと聞かされていた。東条英機が能役者の倅と書かれると、そうやろうなとそのアホらしさに納得する。武士ではないんやと。私にはこれくらいの差別心があった。h23年12月に、風力被害に関わることになった時、世慣れた親父から「放っとけ、相手になったらあかん」と言われていた。

私も風車病に苦しんでいたからそうもいかない。黙っていることができなかったのだ。なんせ苦しい。仕事にならない。蜜柑畑が荒れていく。どうしたらよいのか、と毎日思い悩んで苦しんだものよ。畑を歩いているだけで気絶して倒れたからね。ろっ骨を二本も折る大けがをした。苦しい時であった。

案の定、親父の言葉通りになる。マニュアル思考の親父だが、意外に交流範囲は広かった。確実な情報が手に入る。それを見越しての情報戦だっただろう。私から見れば、これだけ多くの風力被害者がいて、次々と苦しいと言って死んでいく。隠しようはないではないかと確信していた。

物理的な被害原因、特殊な空気振動を表す低周波測定も手にしていた。負けるはずはないと思ったのだ。ところがそれらの人は簡単に裏切ってしまう。被害を訴えるなんて、そんなアホな! ということであった。あの谷口愛子さんでもな。ボロクソだよ。私のページで、2018.1/20、1/22日に録音をアップしているから聞いて見れば良い。

腰を抜かすで。差別のことは言うまい。日本の国はそうやって出来ている。たまたま私が何も分からずに、彼らの口車に乗り、親父に怒られながら、今振り返ってどうか、ということだ。水俣の被害もボロクソでしょ。あまりの酷さに前ページに、あんな記事を書いた。アイリーンさんに手紙を書いたが返事はない。

反原発で、自然エネルギーなんだろうか。同じことは弁護士でもあった。人は、簡単にコマになる。恐ろしい現実だ。