矛盾した記事に出鱈目さが見える。

7/25日付、産経新聞です。再エネを、原発の代役とするには程遠いと結論している。しかし前半では、再エネを主力電源とする、と書いてある。政府が設備投資を後押しすると明記している。つまり、電源の役には立たないけれど、年間5兆円を超える再エネ投資は行うというのだ。

記事のグラフには、h22年度には9%、h29年度(現在)は16%も再エネが占めていると見せている。何のことはない。水力発電のことなのだ。そしてr12年の将来予測まで載せている。無責任な話よ。黒部ダムなどの水力発電は、いつから再エネとして出世したんだろう。

もう水力発電のダムは建設しないのに、なぜ風力と太陽光だけに投資するんだろう。全国で被害者が出て苦しんでいるのに、「被害はありません」「低周波はね~?」と被害者を弾圧する。貧乏な田舎町では、低周波音被害者を弾圧して虐待するのが面白いのだ。

被害者が転居したり死亡すると、地域の人々も大喜びしている。最初は、ジャーナリストたちが言っていたように「地域社会の崩壊」かと思っていたけれど、それでみんなが結束しているところを見ると、社会には生贄が必要なんだと理解ができる。

アッそうや、「ヒツジにされるんよ」と言ったジャーナリストもいた。あちこちの被害現場を見てきて、被害の構造が見えていたんやね。なに、ヒツジにされた人たちはとうに狂っていたし、社会は被害者を消し去ることにカタストロフィ―を感じて胸のすく思いを楽しんだのだ。

なぜジャーナリストたちがこの感動的なドラマを記事にしないのか、私にはそれが不思議になっている。あまりにも全国各地で繰り広げられて、ウンザリしているのかもしれないね。私は今、全国で一人風力被害を訴えているが、私に対する蔑視も凄いことになっているのはこれまで書いた通りです。

汚い罵声を浴びるたびに、うまく世渡りするためには、こんな芸当がいるんや、と日本社会の不思議にただ驚いている。私の祖母は、軍港由良港で国防婦人会の会長さんをしていたが、「おかみには絶対に逆らったらアカンで」と何度も言い聞かされたものだった。

爆弾を抱いて自爆することが名誉な義務だと、つい70年前までそう信じていたものよ。私の見たところ、被害者たちは当然狂っていたし、それを弾圧して虐め殺す人々も、狂っていた。先日、DVDを一緒に見た視察にみえた人も驚いていただろうけれど、すぐに忘れているやろう。

三国人が活躍するだろう。歴史は繰り返すというしな。汐見文隆医師の『左脳受容説』は批判も多いが、直接講義された私には今もその感動が残っている。日本人は低周波音に敏感なのだ。そして精神的に受ける影響も独特な症状を起こしている。「私たちは風力発電には反対ではありません」と繰り返す被害者よ。

それを聞くと気持ち悪い思いをするのは私だけではないわな。汐見文隆医師の『左脳受容説』は批判も多いが、直接講義された私には今もその感動が残っている。日本人は低周波音に敏感なのだ。そして精神的に受ける影響も独特な症状を起こしている。「私たちは風力発電には反対ではありません」と繰り返す被害者よ。

それを聞くと気持ち悪い思いをするのは私だけではないわな。