日吉フミコさん、ご逝去

水俣病にはいろんな面があって、それぞれに悲惨な歴史が伝えられています。私の大学生時代に、たまたま関係者がいたので深刻な事情を垣間見ることが出来ました。風力発電の低周波被害、健康被害に関わるようになってから、日吉フミコさんのことを知るようになりました。

できればお会いしたかった。私は彼女ほど活躍するような議員ではありませんが、懲罰委員会、チョウバツ議会が20数回も繰り返されて、延々と弾劾される中で、同じ懲罰に苦しめられた日吉フミコという存在に、どれだけ勇気をいただいたか分かりません。

さらに、玄関に小便をされたり投石されたり、と、嫌がらせの数々に立ち向かうことになった。私も、同じなんですよ。日吉フミコの記録ほど、私を力づけてくれる本はありませんでした。水俣市に住んでいながら水俣病のことを知らなかった。

彼女の本には最初にそう書いてあります。同じように、由良町に住んでいながら、目の前に巨大な風車が回っていながら、風車病のことを知らなかった。一部の被害者だけが苦しめられていた。そして死んでいった。なぜ行政は公害を否定するのでしょう。

今も水俣病の調査は行われていません。裁判が続いています。水俣宣言って何だったのか。なぜ被害を訴える議員を懲罰にかけて弾圧するんでしょう。由良町議会の私に対する迫害、嫌がらせには驚くほかありません。日吉フミコさん顔負けです。

道徳がないんですね。やり遂げた先達がいるので、私もやめられません。エライ役をもらいました。

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