集団パラノイアでしょう。

先日、オーム教信者13人が死刑になった。彼らの逮捕後、しばらくして、サラリーマン言葉に「ボアしちゃえ」(殺してしまえ)という言い方がよく聞かれました。

尊師に殺害の報告をすると、「ボアしてよかったね」と、ねぎらいの言葉を掛けられたという話でした。「修行が出来ているからね」と人を評価する言葉もありました。

当時はバブル全盛で、金儲けのネタがたくさんあった。給料もよかった。私は趣味の日本刀を何本か買った。1本百万円の刀でも、今は10万円程度か。そして、25年前までは、日本に風力発電なんて公園のお飾り以外にはどこにもなかった。

私が町会議員になったのは風力発電が出来てからでした。(h.23.2月)議員の集まりで、被害者がいて苦しんでいることを話し始めた時、数人の議員たちはゲラゲラと笑っていた。

H,23年12月議会で初めて風力発電被害を一般質問で訴えた時、「調査してみる。誰が風力発電のことを言っているのか」と町長や職員たちは私に聞いてきた。

実際は、この時には4人ほどの被害者が由良町役場に何度も被害状況を伝えて、苦しさを訴えていた。

町長らは12月議会で私にシラバックレていたのだ。そして白々しい答弁を繰り返していた。初めからそういう段取りだったのだ。

H.24年になると、風力発電の低周波被害を訴えたということで、私は毎日のように懲罰議会、懲罰委員会にかけられて汚い言葉を雨あられに浴びることになる。まるで常軌を逸していた。

議会に出席している役場幹部職員23名が同調して笑う。彼らは個人的な誹謗、悪口に徹していた。それほど私が憎かったのだ。

地方新聞は私を貶める記事を何度も書いていた。「あきれ果てた」と。低周波被害に苦しむ人々がいるのに、地域の人々を取材しながら、正しい情報を伝えることはなかった。本当の被害を知っているはずなのに。被害者たちは懸命に訴えていた。人間性の問題か。

産経新聞や朝日新聞などの大手新聞を集めて記者会見を開いたこともあったが、ひどい言葉を投げつけられて、びっくりした。

この時、インターネットしか情報を伝える手段がないことを知った。それでもインターネットには、被害を否定するページであふれている。私のブログは何度も攻撃されて難儀した。

H.23年12月の被害当初、私たちはまだ環境省が正義の味方だと信じていた。

しかし、やがて環境省の報告書には、「低周波被害を訴えるものは精神疾患のもの」と詳しく書かれていることに気が付く。

毎年のように風力発電の低周波被害を否定する報告書が出されていることを知った。そして水俣病やイタイイタイ病の隠ぺい、弾圧の歴史と同じ経過、状況にあることに気が付いた。

それにしても被害者が亡くなると手を叩いて喜ばなくてもよいだろうに。畑地区の谷口さんは各議員に何度も電話して、被害の辛さを訴えた。

中には「気のせいやで。冷静になったらどうよ」と何度もバカにされたという。私の悪口を周囲から散々聞かされながら、最後まで、半分だけ私に情報を伝えてきた。

たくさんの環境運動家に取り囲まれながら、「もう止めるんか?」「あんた一人、いつまでヘンなことを言い続けるんよ」と、止めろとも、訴えてくれとも意味のくみ取れない話を何度となく聞かされた。

他の被害者たちからも、大体、同じ話を聞かされた。私は、「続けてくれ」という依頼として受け取った。私自身が強度の被害症状に苦しんで、先祖伝来の田畑を荒らしていた。被害者たちも同じだった。

【地方自治法 第一条の二 地方公共団体は、住民の福祉の増進を図ることを基本として、地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担うものとする】

地方自治体の最大の責務は、住民の安全を守ることです。

しかし、水俣市でも富山でも、そうはなっていなかった。被害の隠ぺいと弾圧の歴史は隠しようのない事実です。それから周囲の住民も、被害者を差別して苦しめることが面白かった。弾圧が楽しくてならなかった。

私の懲罰議会の録画がありますから、是非、開示請求して見てください。彼らの喜びが記録されています。だから谷口さんやHさんらが苦しみながら亡くなった時、手を叩いて喜んだのです。

町長や議員、職員だけではなく、環境運動家たちも貴重な情報として楽しんだはずです。彼らは伊豆や伊方で低周波被害者という珍獣を見つけて、味を占めたのです。環境省などは大喜びで彼らを迎えて励ましたことでしょう。

だから、あれだけの悲惨な被害になりながら、誰も責任を取らないし、さらに大規模な風車の建設が続くことになりました。

「私たちは風力発電には反対ではありません」と。由良町でも散々に聞かされたフレーズです。オーム教と同じ現象でしょう。何のために風力発電を建設して、その被害を否定して、被害者を弾圧するのか。

人権蹂躙、暴行傷害です。結果として、たくさんの被害者が苦しみながら亡くなりました。H.30年の3月議会、6月議会で、オーストラリア裁判所が「病気への道」(病気の原因になる)と裁定したことを伝えても、つまり、風車被害で病気になることが認められても、彼らは知らん顔するのです。関係ない、と。

環境運動家は、行政に繋がって自己実現するよりも、本来の環境破壊や汚染、森林伐採や無責任開発を監視する目的のために努力するべきではないのか。なぜ被害者を見つけ出しては弾圧して喜んでいるのか。

「自然エネルギー、風力発電」この言葉の汚れたイメージは私だけか。「地球温暖化」のマントラは科学ではない。オーム教の尊師がインタビューで言っていたこととさして変わりはない。

真実は一つしかない。私は町長たちが、どうやって贖罪するつもりなのか聞いてみたい。添付図は、日本のCO₂排出は世界の4パーセントとある。中国の排出の大きさはどうだろう。

日本は6%削減すると、全体の0.024%となる。ごくごくわずかです。アメリカはどうしているのか? 中国はどうしているのか? しょせんお祭り騒ぎよ。