知ろうとしないことは罪なのだ。

自民党の元総理が南京市の南京記念館を視察して、「このようなこともあったらしいという感じを持った」とニュースで伝えていました。私は産経新聞の「南京事件のウソ」を読んでいたので、なんか矛盾を感じていました。

我家には日中戦争の「戦跡の栞」や戦闘写真があって子供のころから玩具にしていました。海軍省砲兵工廠と印刷された木箱に薬莢があって銀色に光る米粒のような火薬を取り出してはマッチで火をつけて花火にしていました。

今、大阪の趣味の会で見せられる戦闘服に身を包んで古い零戦にまたがるお茶目な軍事オタクとは随分かけ離れた意識がありました。

梅田のジュンク堂にたくさん平積みされていたので、つい手に取って読んでみたものです。南京事件に関係した兵士の日記が記載されている。「本当に事件はあったでしょう」という物語になっている。

著者の親も祖父も軍人で日清戦争から参加していたらしい。どうりで詳しいはずだ。我家には古い聖書が30冊ほどあって、古いインクでたくさんの書き込みがしてある。

たぶん戦争に行った人から預かってそのままになっているのではないか。怖いので読んだことはない。そのような日記を詳細に読み込んだのがこの本のベースになっている。

だから私も気になったのかもしれません。元総理が思わず言葉にしたように、それらしいことはあったのだ。以前、フランス人と話していて「加害者が何を言ってもそれは通用しない」と厳しい批判を浴びたことを思い出す。

この本に書いてあるように、ほんの80年前のことなのだ。知ろうとしないことはやはり罪なのだ。それをフランス人に見透かされていた。

同じようにコロビア大の研究者と広島長崎の話していて「もっと徹底的にやっつけてやればよかったんだ。叩き方が足りなかったのだ」と言われたことがありました。

罪の意識はまるでなく、戦争を早く終わらせた正義の行為だと高く評価していました。私は熱くなるものを感じたし、コケたものでした。これがアメリカ人の姿でした。

世界にはたくさんの大虐殺事件が記録されています。私にはとても「どうだ」という言葉はありません。この本にもそのような言葉を並べています。しかし平和主義で守っているだけで国が保たれたのか。

外に出て戦うことの意味があったから戦争になったのではないか。日本だけが侵略されなかった事実が歴史にはあります。結局やられたけどね。参謀本部がどうしようもなく悪かった。大本営発表という弱点をさらした。

さて、風力発電の惨禍です。産経新聞は南京事件の否定と隠ぺいをしていることが明らかにされました。提灯持ちの記事を何度も書いていたのです。私も信じて読んでいましたから、ほとんどの読者はそのまま南京事件はデッチアゲだと思ったことでしょう。

風力発電の低周波被害でも新聞やテレビは何も報道しません。私に対して冷酷な批判の言葉を投げつけます。産経もアサヒもひどいものです。行政に媚びる。忖度する。汚らしいとしか言いようのない職業病が連綿と続いていることに驚かされる。

トランプ大統領の「フェイクだ!」と叫ぶ姿が受け入れられるはずだ。日本と同じよ。オーム真理教の信者たちが死刑にされました。高学歴の人も金持ちもいました。

風力発電を吹聴する環境運動家も同じ種類です。地球が危ない、とか、人類存続の危機だ、とか、ホントによく言うよ。今もインターネットにはその人たちのホームページであふれている。

あたかも風力発電の被害を訴えているように見えても「ドイツでは・」とお決まりのフレーズがあったりする。スパイ、工作員、エージェントなのだ。

風車教にどんな歪んだ理想を抱いているのだろうか。被害者を否定するときの彼らの姿は徹底している。情報の隠ぺい、出鱈目な批判と弾圧、人間否定だ。

低周波被害に苦しむ被害者を助けるでも労わるでもない。環境運動家は、被害者に嫌悪そのものをむき出しにして拒否している。

 

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