ドイツへの過剰な礼賛は異常です。

ある科学者と話していて、5/12日の読売新聞に記載されたドイツ礼賛の論点に、なんかヘンだよ、という議論になりました。
環境運動家が口癖のように言う「ドイツでは。。。」というものと根は同じでしょう。

『ドイツリスク』という本はベストセラーになっています。それほどに、日本人のドイツに対する誤解、理解が酷いのです。
百姓をしている私も、草刈り機やチェーンソーにSTIHLを使っていますけどね。それはさて置き、
雑談ですけれど、先生のご意見があまりに的確なのでアップさせていただきました。

こういう表面的な評論は確かに関心しません。アト・ランダムになりますが私の感想を述べます:

先ず研究教育レベルについて:現代の研究は悪しき「業績主義」に毒されています。
研究管理の世界にcitation indexという雑誌があって(たぶんアメリカ発行)、ある論文がどれだけ引用されたか調べて毎月発行するのです。
日本でも大きめな図書館(室)で購入しています。英文雑誌だから、当然日本語で発表された論文は相手にされません。

私が所属した教室の教授人事で、ある優れた地理学専門の学者の業績(論文)を調査したことがあります。
この人は90%の論文を日本語で発表していたので、あまりものを知らない若い教官が彼を低く見る発言をしました。

そこで私は彼(実は彼女ですが)に教えてあげました。日本の地質学などの研究成果のユーザーは99%日本人です。
それをなぜ英語で発表しなければならないのですか?それではせっかくの成果が役だたないでしょう。

この分野の研究者は、こうして日本語論文をいくつか発表し、その中の普遍的な内容をときどきまとめて英文でも発表するのです・・・と。

ドイツには優れた科学・学問の伝統があることは周知のことですが、反面、あまり多くの人が気付かない弱さもあります。
ドイツはヨーロッパでは後進国だったので、ドイツの知識人は英仏などに抜きがたいコンプレックスを抱いている傾向があります。

だからドイツ人は、ヨーロッパ大陸では真っ先に学術誌を英語に切り替えました。フランスは最後まで抵抗したけれど、この頃はフランス人もようやく英語で論文を書くようになりました。

でもたぶんフランス人は依然として、自分らの文化のかなりの部分をフランス語で発表しているでしょう。
そういうのは上に述べたcitation indexでは全然対象になっていないのですから、永野氏のいう被引用度トップに入るか入らないかなど全くナンセンスです。

日本の中小企業が駄目で、ドイツの中小企業の方が優れているだって?これもナンセンスです。
日本の小企業の作った機器が宇宙開発にちゃんと貢献しているではありませんか?いわゆる「下町ロケット」です。
こういう例はいくらでもあると思いますよ。こういうものを今後衰退させないようにもっと心配すべきなのじゃないですか?

世界の大学ランキングどうのこうのという議論も大体間違っています。だから英語教育を小学校から始めるなど大間違いです。
専門家はほとんど100%反対しているでしょう。英語嫌いの低年齢化をもらたすだけで、成果は上がらないだろうと。

日本人が英語発信力が弱いのは、英語教育が駄目だからではなくて、日本人のメンタリティが原因です。少し違うなと思っても日本人は遠慮して言い出さない。
これが問題なだけです。英語を低学年から教えてそのことによって減らされる科目の方が心配です。

挨拶とかの初歩的な英語だけべらべらしゃべれるようになっても、頭の中に話すべき内容が何もなかったらどうするのですか?

ちょっと脱線しかかったので、元に戻して、私はある学術雑誌(日本語)のレフェリ-(論文の採否を判定する)も務めたこともあります。
ある東大の若い学者の論文が回ってきました。
彼らはある研究成果がまとまったらどうするのかというと、まずNatureとかScienceなどの国際的英文誌に投稿します(小保方論文などが載った雑誌です)。

これに載ると、ものによってはマスコミでも取り上げてくれるし、彼の昇進を審査するとき、その論文の点数が高くカウントされるからです。
でもその論文が採用されなかった時、彼は次の雑誌、地震学分野なら、アメリカ地震学会誌に投稿します。

それも受け付けられなかったら、彼は仕方なく日本地震学会誌に投稿するのです。これは日本人地震学者として、自己否定以外の何でしょうか?これが現在の「業績主義」の一端です。

国から養ってもらい、周りの皆さんに助けてもらって研究しているのだから、成果はそこにまず返すべきでしょうと私は思いますけど。
発端の評論はこんな風潮をますます助長したがっているようにしか見えません。

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