現実の世界

産経にしては珍しい虐殺事件の記事だ。大体、日本のメディアはカネ儲けが目的だから、本当のことは、ワザと書かないことが多い。再エネや原発問題は特にそうでしょ。絶対に被害者のことは記事にしないからね。恐ろしい業界だよ。たまたま私はこの事件を少し知っていた。

その近くには尼港事件と言って、6千人ほどの日本人が殺されている。どうもこの辺は、あまりな危険地帯であるらしい。日本人の甘えは許されない。いや、むしろ彼らは毅然として日本人を拒否したのだ。誤解も何もない。事実として歴史に刻まれている。

それなのになぜ日本人の多くはそのことを知らないのか。これが今日の記事のテーマになっている。今、日本にはたくさんの中国人が住んでいる。日本人社会とのトラブルも聞いている。「上下の差が激しいからね。びっくりするよ。もういいわ」と観光業を営む縁者から聞いたことがある。

良い人はいいんだけどなぁ、と、これも同じ感想が続く。強烈なんだろう。我家には香港や台湾の人がたくさん来てくれた。なかには原住民の子孫です、みたいな人もいて、ヘタな英語に難儀したものよ。彼らはお客さんだったので、そして、わりと国際化されていて、しばらくの間、農業体験してもらって楽しく話し合った。

海洋国家。そんな意識があったのかもしれない。上海や内陸部の人もいたから、そうヘンなこともなかった。なんせ40年ほど前、私の卒論を書いたのが中国人留学生だったからね。親しみやすかったのだ。だからと言って、国際社会では、善意ばかりが通じるものではない。

州事件、尼港事件、他にもまだあったよな。異常。猟奇。狂気。何と言っても表現しようのないホロコーストだ。この時代には、あちこちにこんな虐殺があったから、流行だったのか。原爆なんか説明はいらない。それがアメリカの正体だ。問題は、今も世界各国で同じような虐殺が繰り返されている現実だ。

それを横目にしながら、セッセト金儲けに精出している人たちがいる。風力発電の被害なんて、そんなちっちゃな話に何でこだわるのか、比較にならないトリックに人々は簡単に騙される。平和な日本にこそ、バランスをとるために生贄、犠牲者が必要なんだと言うのか。

下泰平の江戸時代、処刑人が多くて、新作刀の試し切りに利用されていた。虎徹なんかに「三つ胴裁断」なんて書き込まれてある。死体を三つ重ねて裁断したと言うのだ。日本人もそれなりに残酷なことよ。そんな刀には割と高値がついている。私は見ただけでゾッとしている。だからか、現代刀で竹切って遊んでいるのだ。

人ほど怖いものはない。親しき中にも礼儀あり、だ。国際化の魔法に騙されてはならない。大叔父はあの時、上海、満州と放浪して、無事に帰ってきた。その後、なんでかポックリト亡くなったという。

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