コロナワクチンの怪

私はまだコロナワクチンを打っていない。インフルエンザも打たないから必要ないだろうと高をくくっている。和歌山では連日、たくさんのコロナ患者が出ていると言う。しかし私の知る範囲で、誰かがそれで亡くなったとか悪くなった人の話は聞かない。

逆に、コロナワクチンを打って死んでしまった人の話を細かく聞くことになった。それほどにコロナの恐怖を人々は敏感に察知していた。さすがの私も最近はマスクをしてスーパーで買い物をしている。送付してきたアベノマスクがいくつもあるのでそれを使いまわしにしている。水洗いして使っているのは私ぐらいだろう。

マスクしてます、っていうポーズにはなる。私は農業をしているので、消毒の時には防護マスクをしている。かなり苦しい。それで除草剤の時には簡単な防塵マスクでごまかしている。それをさ、アベノマスクでやってみると辛んどいことよ。息苦しくて仕事にならない。肉体労働だからね。それほどに酸素がいるんだろう。

私がアベノマスクを掛けるのは、スーパーでの10分ほどの時間だけ。車に帰るとすぐに外す。だってしんどいからよ。周囲の人々は、よくも一日中マスクなんか付けていられるな。多分、なんか影響があるだろう。たまたま本を読んでいて、添付のグラフが目についた。ワクチンを打った方がコロナに罹りやすい、というのだ。

これは以前にも新聞記事にあったので紹介したとおりだ。本当のことらしい。ついでに、インターネット記事も添付した。免疫不全になると言うのだ。私は医者じゃないからウィルスのことも、ワクチンのことも、そうは詳しくない。子供の頃から普通に集団接種してきたから、ワクチンは必要な医療だと思っている。

しかし今回の統計資料を見ると、どうも違うな、と思っている。リスクが大きい。政府、行政の言うことが信用できない。被害調査をしないからね。アレッ、いつもの風力被害と同じ結果になっている。そうなのだよ。日本には被害調査をする考えはどこにもない。ワクチンであってもだ。

由良町で、コロナワクチンを打っていないのは私一人だろう。いや、体質に理由があって打てない人もいるだろうし、ヘンな人もいるから、全く一人だけ、ということもないだろうけれど、変人として目立つんだろうね。人々の嘲笑いが見えるようだ。今、人々は三回接種を終えて、さあ、4回目だと意気込んでいる。アホかいな。

なんかおかしいとは思わないか。何もなければそれでよいけれど、何のためにワクチンを打つのか、その目的さえオボロになって考えられなくなっている。「三回済ませたよ」が合言葉だ。それで認められるんだろう。何のために?大阪の梅田を歩いていて、外人がいなくなったなぁ、と人ごみの少なさにホッとしている。

「外人はもういらんで」と老人たちも言う。インバウンドかなんか知らんが、物珍しさに、時代の波に載せられていたんやで。日本橋の黒門なんか台湾やインドネシアの観光地の様だったじゃないか。それが異常だったんだよ。コロナですっかり警戒するようになった。我家にもあれ以来、外人さんが来ない。

由良守生ブログ(blog.yuramorio)には当時の記事が残されている。懐かしいけどね。地域の人や警察が、外人さんを酷く警戒していたことも分かった。まだ若い彼らには悪いことしたと思っている。警察は権力をもって弾圧したからね。コロンビア大の研究者に叱られて警官がスゴスゴと帰っていった話も聞いた。

アメリカさんには、とても弱いんや。汚らしいと思ったよ。コロナにしろ、風力被害にしろ、外人さんにしろ、日本人はなんで被害の実態を見ないんだろうか。みんなと一緒。幼稚園や小学校じゃあるまいに。国際化とか、グローバルだとか、いかにウソであるか分かるではないか。

コロナワクチンとは何だったのか? なんで日本では当たり前の疑問を持てないのか。洗脳なのか。心理コントロールなのか。日本社会の転落よな。