歴史は繰り返すのか

前ページではヘロドトスの『歴史』を例にして嫌悪すべき人のことを書いた。しかしその本を読みながら今の状態を見ると、何も変わってはいないじゃないか、とその地域周辺のあさましい歴史の繰り返しを現実に見ている。どこが約束の地、乳と蜜の流れる場所、だよ。と同時に日本と韓国のことにも気が付いている。

由良守應の盟友、陸奥宗光もボロクソに言っていたらしい。飯田町1丁目壱番の邸宅に同居していたというから守應も参加していた可能性がある。密偵らしく見事に何も残されてはいないし、話も伝わってはいない。だから生き延びたんだろう。同じ隠密でも、柳生藩では維新後、7人の家老たちが召し出されて刑場の露と消えている。

朗々と謳いながら柳生街道のその道を引かれていったと伝わっている。哀れな歴史よ。手先も当然消されるわな。古い家ほど悪いと聞いている。韓国朝鮮のことが問題になるのは明治以降のことなのか。白村江の戦なんて事件もあった。どうやら開闢以来の懸案らしい。カナンの土地、みたいじゃないか。解決する方法なんてあるもんじゃない。

私には刀剣趣味があって、古い刀を研いだり、竹を切ったりして楽しんでいる。唐(韓、から)カンチ、和カンチ、カンチとは鍛冶で、日本の和カンチは、どうしても朝鮮のカラカンチには勝てなかったと聞いている。「刃が立たない」という言葉がある。それがいつの間にか平安時代になって安綱とか、宗近とか、優美な日本刀になっていた。

聖徳太子の名刀、七星剣などは中国製だと聞いている。古墳から出てくる直刀もそうらしい。つまり中国朝鮮経由で鉄が伝わり、日本でそれが改良されて今がある。南蛮鉄、洋鉄はヨーロッパ製だけどね。結局、明治政府と同じことの繰り返しか。それでも戦い続けなければならない。なぜ? はない。日本人とはそういうもので、朝鮮人はそんなものでしかない。

アメリカのアニメ、「トムとジェリー」、仲良くケンカしな。ここまで書きながら、国際政治の緊迫で、戦争だ、コロナウィルスだ、と騒ぎながら風力発電は全国各地に着々と建設されていく。露払い、偽物の環境運動家たちが被害を否定して、風車病に苦しむ被害者を虱潰しに消していく。この10年、私以外に誰も抗議する人はいなかった。

海外なら、地域の人々が一緒になって協力してデモ行進しているのに。日本だけ、見事に再エネ、サステナブルだと騙されてしまっていた。ヨーロッパで天然ガスや石炭が高騰している理由も、日本人だけには分からない。再エネ100%じゃなかったんかい。なんで当たり前な疑問が頭に、言葉にできないんや。アホな日本人よ。

それでいて被害者を弾圧して喜んでいる。平気で再エネ賦課金を支払って環境のためだと納得して喜んでいる。気が付いている人もいるだろう。どうか真実の出来事に気が付いてほしい。日本人が、いつも同居している日本人を迫害して、苦しめて喜んでいる。被害者も「私たちは風力発電には反対ではありません」という。可笑しいやろ。

仕組まれた罠であることに気が付こうやないか。由良町で引き起こされた風力発電の被害を参考にしてもらいたい。いかに人々が普通に、平気で操られて「アホよら」、「関係ない」と笑っているのか。それは日本人の姿なんやで。社会が破壊されているんやで。