産経新聞、再エネの提灯記事

たびたび、産経新聞の宣伝記事を取り上げては、カネのためには何でもありの太鼓叩きだと書いてきた。再エネと原発は、それほどに金になることも、これらの記事を見ているとよく分かるではないか。この記事に善悪の倫理はない。被害にあって死のうが、地域を追い出されようが、彼らにとっては鼻に引っ掛ける価値もない。

完全無視であった。まだ環境省などでは、被害を訴えるものは精神疾患のものだと言っては、弾圧、そして嫌悪の感情をあらわにする。公務員の方が正直なのだ。いや、取材する記者になると、それはヒドイもので、被害者などはゴミ屑扱いだったことをここに書いておく。今日の記事もスゴイでしょ。

火力発電が8割を超えているのに、CN50「カーボンニュートラル」だというのだ。前ページに書いたように、原発と水力の分を加味すると、風力や太陽光はゼロ0になる。それを天気図と比較して説明したつもりだ。天気図はウソをつかないから誰も反論はできない。雨が降る、降らない、の確率ではなく、これじゃ太陽光発電はできないでしょ、と書いた。

また風力についても、インターネットなどの天気図には詳しく数値が書かれている。風速10m/秒の風なんかどこにもない。山の上なら風があるのか。私は風車の近くの山の上で蜜柑を作っているけれど、そんなに風が吹いたら仕事にならない。大体ミカンの栽培ができないではないか。風もないのに風車が回っている。それが現実だ。

「私たちはデモンストレーションの風車に殺されるんや」そう言って苦しみながら亡くなった人がいた。人々は手を叩いて笑ったよ。何がそんなに面白いんだろう。再エネの会社社長の記事もアップした。風車病のことなどどこにもない。台風銀座の日本で、荒波にもまれた洋上風力がどうなるかは知っているはずなのにさ。

実証試験の失敗に多額の損失を出しているのにさ。すべて税金だからチョロイものなのだろう。風力業者はみんなこんな感じだ。薄っぺらい悪党だ。最近流行りの俄か事業だからね。あちこちから寄せ集めの人たちでしかない。企業文化もなければ企業理念もない。私も工学部出身のエンジニアですからね。風力事業に関係する技術屋の葛藤、というか気持ちは分からないでもない。

実際、その声を直接聞いている。あの高浜原発の建設の時も、技術屋さんたちにはいろんな思いがあったと聞いている。漏れない放射能はない、とかさ。アメリカ企業の秘密主義とかさ。こんなものに投資をしようなんて人がいることに驚くのだ。まさにあの戦争のようにアメリカと戦争するようなもんよ。いったい誰が喜んでいるんだろうか。

だから多額の金を闇に費やしているんだよな。すべては秘密主義、企業秘密だというんだから恐ろしいではないか。なんで誰も情報を公開せよ、と抗議しないんだろう。できないように仕組まれているのか。違うだろう。これだけの多額な費用がドブに捨てられているのに、総裁選挙では、誰も何も言わない。タブーなのだ。一般人が何を言うことができるか。

それが産経の趣旨だと見た。各地の風力発電反対運動では、すっかりその欺瞞が明らかにされたことだろう。「土砂崩れが~」なんてよくも言ったものよ。胸が悪くなる。昨日、近くの太陽パネルを敷き詰めた田畑の近くを歩いて通った。パワコンがブーンッ、と音を立てていた。私はこの音には反応しないけれど、自宅の周囲を大規模に囲まれた人の話を聞くと、相当な被害があるらしい。

そうなると、もう自然エネルギーでも何でもない。何のためのソーラーパネルか、という苦しみでしかない。太陽パネルは、各地で土砂災害だとセットになって言われている。どうもこの紋切り型の言葉にも情報操作、被害者隠しがあるように見える。日本の環境運動は、ここまで転落してしまったのだ。

再エネビジネスは何も生産しない。すべては税金の使いまわしだ。被害者を弾圧する仕組みだけが定着している。社会の崩壊だよ。